持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

受験英語とは何か

受験英語の「流派」?

「先生は、どの先生の教え方で教えているのですか?」
この質問は一見すると、意味不明に感じられる。発言者は多くの場合予備校生で、発言の相手は予備校講師である。参考書を出しているような全国的な知名度を誇る大手予備校講師の「教え方」を、中堅以下の予備校や塾の講師は参考にして教えているのではないか、という考えに立った質問である。生徒からしてみれば、担当講師の授業内容と独習用の参考書の内容のあいだに齟齬がない方が学習効率が高まると考えるのは当然で、こういう生徒を責めることはできない。しかし、大手予備校講師の教え方をそのまま受け売りをするような講師は、授業をして金を稼ぐ立場にはない。予備校側もそのような講師と契約するよりも、「元ネタ」である講師の講義のライセンス契約でもした方がましである。
しかし、社会人講師が主流の予備校はともかく、郊外の進学塾では人件費などの関係で学生講師に頼らざるを得ない状況も生じている。この場合、学生講師が授業をする際に参考にするのは、自らが大学受験のときに教わった予備校講師の授業ということになる。このような学生講師は、自分が教わった講師の授業が最も優れていると思いこんでいる場合が多いし、教科内容や指導法を学んだ経験がないから、批判を加えようにも感情的判断の域を出ない。小さな塾では経営者や教室長が高校レベルの授業内容の良し悪しが判断できないため、学生講師に任せきりになる。こうして受験英語の「流派」は静かに形成されてゆく。

受験英語を規定する要素

本来の受験英語とは、試験に出る英語の問題を解くために必要な解法と、その解法の前提となる言語知識・言語技術を身につけるための学習活動である。このため試験にどのような問題が出るのかを分析する必要がある。学習開始時点における学習者の英語力を考慮しなければならない。試験日程は絶対であるから、学習期間も受験英語の重要な要素である。
長文読解問題であれば、それを読むために語彙・文法の知識が当然必要である。パラグラフの仕組みや文章の全体構造に関する知識も必要である。そうした知識を活かした読み方ができなければならないが、実際にどのような読み方が必要かは出題形式によって違ってくる。このように考えると、受験英語で言われる「構文主義か、パラリー*1か」という二者択一的な議論は、試験問題を解けるようになるための親身になった議論なのかが疑わしくなってくる。

基盤をなす部分と出題傾向に対応する部分

受験英語が試験問題の出題形式に依存するといっても、学習内容のすべてが出題形式によって変わるわけではない。英語という言語が出題内容になっている限り普遍的な要素というものが存在する。長文読解であれば、用いるべきリーディング・ストラテジーは出題傾向によって変わってくるが、文や文章に関わ言語知識に違いはほとんどない*2。したがって、出題傾向に依存しない基盤の部分を受験英語の「基礎」とし、出題傾向によって変化する部分を「応用」と分けて指導していくことが、教師には必要である。
従来、文法や語彙などの知識を身につけることが「基礎」であり、長文を読むことが「応用」と考える向きもあった。この場合は、出題形式には入試直前期に慣れればよいということになる。しかし、これではあまりにも無責任である。それぞれの学習活動がどう意味を持ち、その学習活動を経るとどのような成果が期待できるのか、ということを学習者に納得してもらうことが重要である。このときに、「どうすれば試験問題が解けるようになるのか」という道筋を明らかにできなければ、学習者は納得しない。
応用言語学は、試験の英語とは無縁の毛並みのよい英語学習のためのもの、というイメージがあるかもしれない。しかし、試験対策であれ、海外旅行直前のワンポイント英会話であれ、最高の学習効果が上がるように現実的な対応をできるようにすることが応用言語学の仕事なのである。

*1:パラグラフリーディング

*2:もっとも、会話文や小説が多く出題される場合と、新聞記事が多く出題される場合とは、文法や語彙の傾向に違いがあるのも事実である。このため文学作品からの出題が少ない大学の対策では文文法の知識を厳選して教えることも可能である。