英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その2)
語順と語形
教育文法は学習者がことばを使いこなすために学ぶ文法であり、そのために教師が教える文法である。この辺りの詳細は『駿台教育フォーラム』に掲載された拙稿*1で言及している。Larsen-Freeman*2は教育文法にはFORM、MEANING、USEのThree Dimensionsがあると述べている。今回のSアカデミーの講座で最初に定着させようと考えたのはこのうちのFORMである。言語学的に言えば「形態統語的知識」(morpho-syntactic knowledge)であり、学習者にとってより身近な言い方で言えば「語順と語形」である。高校生向けの塾や予備校の教材は文法項目による配列の場合、一般的に文型から配列されていることが多い。そして、その「文型」も第1文型から第5文型へと配列されている。5文型全体で1つの章や課となっていることもあれば、2章や2課に分かれていることもある。この場合、第1~第3文型と第4・第5文型に分けられていることが多い。しかしここで我々が考えなければならないことは、文型を何のために教えるのか、ということである。文型の識別さえできればよいということではあるまい。むしろ、動詞を適切に使うこなすことに指導の重点を置くべきではないだろうか。そして、動詞の使いこなしの前に英語の基本文構造に習熟すべきではないか。こうしたことに思いを巡らせたうえで、従来とは違った形の基本文構造および文型の導入を行うことにした。
基本文構造を導入する場合、「語」→「句」→「文」という小さな単位から大きな単位へと進めていくやり方もあるが、今回は「文」を出発点とすることにした。これは寺島実践*3で「名詞+動詞+名詞」(センマルセン)を出発点としていたことを参考にした。これは5文型のうち最も基本的な文型はどれか、という問題と関係しており、『駿台教育フォーラム』に掲載された拙稿*4に議論の経緯をまとめている。中学校の英語の授業ではbe動詞の文と一般動詞の文のどちらを先に導入すべきかが問題となるのに、高校の英語の授業では第1文型から導入するのが当然とされている状況に一石を投じるといえば聞こえはいいが、おそらく創意工夫に満ちた先生方がどこかで同じように悩み、何らかの試みをされていることと思う。「名詞+動詞+名詞」は文型で言えばS+V+Oである。ここで主語と目的語の定義を動詞との位置関係で行っている。日本語の助詞との対応関係に依存した導入はこの段階では避けた。つまり、主語は「動詞の前(左側)にある名詞」であり、目的語は「動詞の後(右側)にある名詞」であると規定するのであり、「~が」や「~を」ではとりあえずは規定しないということである。
「名詞+動詞+名詞」は厳密には「名詞句+動詞句+名詞句」である。導入にあたってはまず、3つすべての句が1語で構成されている例から提示していく。たとえばPeople speak English.のような文である。言語活動を念頭に置いた文法指導では、こうした手順を踏むと授業が窮屈になる。しかし、塾で行う大学受験の基礎として英文法を取り立てて指導するという条件の下では、このやり方のほうが効率的であると判断した。動詞句に関しては当面現在形と過去形のみを扱うこととし、主語との呼応のみを知識として確認することとした。この確認の際には、「人称」の概念には触れず、いわゆる若林手島案*5を踏襲した。名詞句に関しては、日本語にはない表し分けが問題になる。いくら形態統語的な知識を重視しようにも、この部分は意味を意識しない限り使いわけはできない*6*7*8*9。現在一般学習者に比較的知られているものに、無冠詞/不定冠詞/定冠詞と単数/複数を掛け合わせた名詞の5つの基本形という提示の仕方*10があるが、今回はこれにsomeとanyを絡ませて7基本形とした*11。
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*1:持田哲郎(2015)「教育英文法 : 何をどのように教えるべきか」『駿台教育フォーラム』30, pp.51-63.
*2:Larsen-Freeman, D. (1991) "Teaching Grammar." Celce-Murcia, M. (ed.) Teaching English as a Second or Foreign Language, 2nd edition. New York: Newbury House.
*3:寺島隆吉(1986)『英語にとって学力とは何か』三友社出版
*4:持田哲郎(2017)「教育英文法における文型論」『駿台教育フォーラム』31, pp.235-248
*5:かつて『英語教育』で英語のカリキュラムとして連載されていたものである。
*6:五島忠久・織田稔(1977)『英語科教育基礎と臨床』研究社出版
*8:小野経男・宮田学(1989)『誤文心理と文法指導』大修館書店
*9:楳垣実(1961)『日英比較語学入門』大修館書店
*10:田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店
*11:Berk, L. (1999) English Syntax: from word to discourse. London: OUP.やParrott, M. (2000) Grammar for English Language Teachers. London: CUP.を参考に判断した。
英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その1)
講座のコンセプト
千葉市美浜区、幕張ベイタウンにある学習塾、「Sアカデミー」の組田幸一郎代表からこの講座を担当して欲しいとのお話をいただいたのが昨年の春のこと。講座の趣旨は、高校2年生が秋から勉強を始めてGMARCHレベルの大学に合格できる力をつけることができるようにする、というものであった。
持田は1996年に、大学進学率が5割程度の高校に在籍する生徒に一般入試対策として英語を教えたことがあった。このため、その当時の教材を大幅に改訂することで、組田代表の要請に応えることとした。また、昨年の夏頃、駿台予備学校の田中健一先生による『英文法基礎10題ドリル』(駿台文庫)が刊行されたことも、この講座の内容を考える上で示唆的であった。『英文法基礎10題ドリル』は従来の大学受験生向けの一般的な文法問題集よりもはるかに基礎的な内容を扱うものではあったが、同時に10題ドリルが独力で解けないレベルの受験生の存在が浮き彫りになった。
持田自身は出講する駿台予備学校の学生に対しては『英作文基本300選』および『英語構文基本300選』(いずれも飯田康夫著、駿台文庫)の例文を覚えるようにと指導していたが、組田先生からのご依頼と田中先生のご著書によって、「300選以前」のところに留まる受験生が多いことに改めて気づいた。そこで、300選シリーズの前に10題ドリル、そしてまずは10題ドリルに取り組むことができるだけの基礎力を涵養するところからシラバスを立ち上げようと考えた。
講座の基本コンセプトは「英語を覚えるための授業」である。頭の中に英語の知識がなければ英語を使うことはできない。暗記か理解かという二元論に陥りがちな受験英語であるが、暗記しなければ始まらない。しかし丸暗記は労多くして得るものが少ない。英語の知識を覚えやすく、使いやすくするには、英語を分析的に捉える必要がある。しかし、多くの受験生は英語、もしくはことば全般を分析的に捉えることになれていない。このため、まずはことばを分析的に捉えることを学ぶところから始めようと考えた。
素材の選定
まずは生徒に覚えさせる素材を選定した。これは中学レベルの英語を復習できるものであることを第一の条件とした。組田先生のご著書に『短文で覚える英単語1900』と『フレーズで覚える英単語1400』(ともに文英堂)がある。また、持田の英語教育の師匠である阿部一先生が浦島久先生と出している『コーパス口頭英作文』(DHC)がある。この3点を生徒に覚えてもらうこととした。これらを学習しやすい順序で解説をしていくことと、その解説に沿った問題演習を行うことを教室で授業の中で行うこととした。
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英作文基本300選―英語的発想の日本語をヒントにして覚える (駿台受験シリーズ)
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『良問でわかる高校英語』「別冊」の別冊(その13)
Chapter 2 動詞と文型(その9)
7ではS+V+O+Cを扱っている。7.1.ではこの文型の成り立ちを示している。ここで文を〈情報〉ではなく〈出来事〉として埋め込む場合と述べているが、これはp.108のthat節のところで詳述している。中村(2009: 63)は、seeやhearなどの動詞の後でthat節を用いた場合について「「という情報を聞いて知る(be told, informed)」の意味であり、本来の知覚の意味とは異なる意味にな」ると述べている。また、宗宮(2009)はCが表す状態がVに付随しVの時間の中でのみ存在するとし、客観的な特徴はSVOCで言うことはできず、thatと節で言う必要があると述べている。本書ではこうしたO+Cとthat節の意味的な違いに言及した上でいわゆるネクサスに触れている。
7.2.ではS+V+O+Cの意味の枠組みという項目を立てている。これは町田(1994)の分類を参考にしつつも、伊藤(1975)の二分法を踏襲した。これは突き詰めればS+V+O+CがS+V+Oの拡張にすぎないという考えに至る。実際、生成文法の立場からの外池(2003)や認知言語学の立場からの佐藤・田中(2009)などの分析を取り入れればそうした展開が可能であろうし、筆者の関心もそこにあるのだが、本書の時点では抑制的に記述した。ただし、このあとの「2つの「S+V+O+名詞のまとまり」」では田中らの枠組みを援用したものとなっている。なお、ここまでの記述は阿部・持田(2005)にはない。これは阿部・持田(2005)の練習問題を伴わない項目を立てないという方針に基づくものである。
『良問でわかる高校英語』「別冊」の別冊(その12)
Chapter 2 動詞と文型(その8)
6.4.に「伝える」という意味の動詞という項目を立てた。これは前回の枠組みで言うと「あげる」の動詞群の下位類となる。この動詞群を独立した項目としたのは、これらの動詞がthat節をとることができるためである。阿部・持田(2005)では特に取り立てなかったが、いわゆる発話動詞としてtalk, speakそしてsayなどと比較しやすいようにといった配慮もある。
6.5.に立てたaskであるが、これは「尋ねる」という意味で用いる場合には目的語の順序を入れ替えることは普通ではないことを踏まえ、語順固定ということと、wh-節がとれることを例文によって示すことにした。語順固定ということで言えば、6.5.も同様である。
動詞のイメージを取り上げる学習書が多い中で本書のS+V+O+Oの扱いはやや軽めのものとなっているが、これは本書が純然たる文法学習書ではなく、あくまでも大学受験向けの問題集としての位置づけに基づく紙幅の制約によるものである。
参考文献
- 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
『良問でわかる高校英語』「別冊」の別冊(その11)
Chapter 2 動詞と文型(その7)
6の「S+V+O+O」ではまず、「あげる」と「してあげる」という2つのグループに動詞を分類している。中村(2003)は、I'll buy you this shirt.という文に「私がおまえにこのシャツを買うだろう」という直訳を与え、この直訳自体は教える必要があるものの、この直訳が原文解読のための便宜的な試訳であって実際に使われている日本語とは異なることを指摘している。そのうえでこの文の完全な和訳文が「このシャツを買ってやろう」でありそれを学習者に気づかせることが重要であると中村は述べている。ここで大切なことは、「このシャツを買おう」と「このシャツを買ってやろう」との違いである。百貨店などで尋ねられる「ご自宅用ですか」の問いに対する答えと関連してくる。この問いを肯定するのは前者の文である。英語で言えば、I'll buy this shirt.である。buyの用法としてはこちらがプロトタイプであろう。後者のような他人に買ってあげる用法はプロトタイプからの拡張によって生まれたと考えることができる。
一方、I'll give this shirt.は、よほど文脈の支えがないかぎり、不自然な文であり、言い足りなさを感じる。最近はやりの参考書や予備校講師の言葉を借りれば、不完全な文である。I'll buy this shirt.は完全な文であるが、I'll give this shirt.は不完全な文となる。つまり、S+V+O+Oをプロトタイプとする動詞群(6.2.)と、S+V+Oをプロトタイプとしていわば臨時に拡張してS+V+O+Oとして用いられる動詞群(6.3.)とに分類することが必要であると考えた。こうするとことで、目的語を入れ替えたときに生じる助動詞の違いも明快に説明することが可能になる。すなわち、主語から与格目的語へ一気に移動するのがtoであり、主語以前のどこから主語を経て与格目的語に至る「移動」がforである、といった具合である。この区別は阿部・持田(2005)よりも、前面に押し出したかたちになっている。
明海大学複言語複文化教育センター主催シンポジウム講演資料
ご無沙汰しております。
以前告知しておりました明海大学複言語複文化教育センター主催シンポジウム「英語教育と国語教育の連携を巡って」が延期を経て2016年6月11日に開催されました。持田が当日使用したスライド及び当日配布した資料を公開いたします。