持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

古文理解と現代語訳(その2)

意味理解前訳と意味理解後訳

英語学習において和訳の果たす役割について、横山(1998)が指摘しているように*1、古文理解においても同様の役割を果たすのかどうか、考えてみたい。横山は学習者が理解過程で行う和訳を「意味理解前訳」、十分な理解のうえで行う和訳を「意味理解後訳」と呼んでいる。古文において、逐語的な現代語訳はそのほとんどが意味理解前訳であろう。これに対して、教科書ガイドや全訳古語辞典で得た現代語訳は、学習者にとっては意味理解前訳でもなければ意味理解後訳でもない。ガイドや辞典の執筆者にとっては意味理解後訳であろう。だが、教師が教室で訳す場合と違い、どうしてそのような訳文が得られるのかという説明に乏しく、学習者が自力で古文を理解するように導くものにはならない。また、どうしてそう訳せるのかということが分からなければ、古文学習のもうひとつの側面である日本語の内省によるメタ言語能力の養成もままならなくなる。糸井(1998)が言うような、古語と現代語を相対化して見つめられるようになるには、古文理解においても、意味理解後訳としての現代語訳を目指していく必要があろう。このためには、現在あるような古典文法を導入するためだけに教えるような現代語文法ではなく、現代の日本語を適切に捉えた文法が学習文法として必要となる。

古文理解と読解過程

文章を理解する際には、単語の認識から文の理解を経てより大きな言語単位の理解につなげていくボトムアップ処理と、背景知識などを駆使し文章の内容を予測し確認していくトップダウン処理が同時にはたらくと考えられている。このことは、どのような言語の文章を理解する場合にも共通している。古文理解では背景知識が有効に働くことはよく知られている。このような内容スキーマトップダウン処理に必要なのに対して、ボトムアップ処理に必要なのが形式スキーマである。形式スキーマには形態統語論のような文文法の知識だけでなく、文章の仕組みに関わる知識も含まれる。こうした知識を駆使することも古文理解には重要であり、これにより逐語的な意味理解前訳を超えて、十全な理解に基づく意味理解後訳にたどり着くことができるのである。

参考文献

  • 糸井通浩(1998)「生徒は古典文法の何に躓くか−学習のポイントを探る」『国文学』43(11) pp.26-33.
  • 横山知幸(1998)「訳読と意味理解−「理解なくして訳はできない」か?」『現代英語教育』35(6) pp.38-42.