持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

高等学校・新学習指導要領案を考える(その5)

コミュニケーションと言語習得

今回の改訂案に一貫してみられることは、「コミュニケーション」により特化しているということである。ここでの問題点は、この案の作成者がコミュニケーションという概念をどう捉えているのかというコミュニケーション観ないしはコミュニケーション論が明示されていないということである。それでも読みようによっては、従来の「オーラルコミュニケーション」では皮相的な英会話に矮小化しがちだったコミュニケーションの概念を言語活動全般に広げようとする意図があるとも取れる。しかし、コミュニケーション論が明示されていないことを百歩譲っても譲れない点がある。それは英語のコミュニケーション能力がどのように形成されていくのか、その形成のためにどのような「学習活動」を行っていくべきなのか、という習得過程に言及していないということである。
改訂案では、話したり聞いたりすることは、話したり聞いたりしているうちに自然に身につくのだという、おそらくはナチュラルメソッドの立場に立っている。「おそらく」というのは出典が明記されていないためである。また、読んだり書いたりすることは、「コミュニケーション英語I」を履修する時点ですでに前提となっている。現行指導要領では4技能に関わる基礎的な能力は「英語I」で習得することになっているが、改訂案では基礎的な能力の習得が「コミュニケーション英語基礎」に追いやられている。この科目は必履修科目ではない。では中学校の学習指導要領で基礎的な能力の養成が意図されているのかと言えば、そうはなっていないようである。むしろ、読むことや書くことすら読んだり書いたりしているうちに自然に身につくのだという立場に立っていると言ってよい。

言語材料と言語コミュニケーション

現行指導要領も改訂案も、いずれも文法指導そのものを否定してはいない。しかし、言語材料を学ぶための学習活動がどうあるべきかが示されていないうえ、言語材料を学んだとしてもそこからどのような学習活動ないしは言語活動を経ることによって各科目の目標が達成できるようになるのかも示されていない。これでは文法は文法、コミュニケーションはコミュニケーション、というような別個の指導を有機的な連携がないまま行ってしまうおそれが出てくる。実際、中学校の教師のなかには「文法もコミュニケーションも大事」と言う人が多い。この考え方が高校に広まれば、「コミュニケーション英語基礎」あたりがグラマー授業の隠れ蓑として運用され、「オーラルG」*1の再来となるのかもしれない*2

指導要領に矛盾する指導要領

改訂案の総則には、次のような記述がある。

(1)各教科・科目等の指導に当たっては、生徒の思考力、判断力、表現力等を育む観点から、基礎的・基本的な知識及び技能の活用を図る学習活動を重視するとともに、言語に関する関心や理解を深め、言語に関する能力の育成を図る上で必要な言語環境を整え、生徒の言語活動を充実すること。(第5款5「教育課程の実施等にあたって配慮すべき事項」)

この立場に立てば、言語材料に習熟して実践的な言語コミュニケーションに結びつけていく学習活動こそが重要なのであり、目標も内容もコミュニケーションとだけ言っている外国語科各科目はこれに十分応えていないことになる。また、言語に関する関心や理解を深めていくにはメタ言語意識を育むことが必要であり、そのためには母語である日本語の活用も考えていく必要がある。外国語科各科目では日本語知識の活用についての言及もなければ国語科との連携についても言及されていない。しかも、英語の授業は英語で行うことが基本という方針まで打ち立ててきている。「外国語教育には文法訳読法とダイレクトメソッドしかなく、学校では後者を採用すべし。」単にそういうことを外国語科の改訂案では言っているに過ぎないのではないだろうか。
昭和26年の学習指導要領には次のような記述がある。

どんな学習指導要領でも、教科の内容が十分に知っていない教師や、どのようにすれば有効に学習指導ができるかを知らない教師、または、さらに新しいさらによい考えをとりいれていこうとしない教師などにも合うように編集していこうとすれば、それは非科学的となり退歩的にならざるを得ないだろう。(外国語科英語編I試案・まえがき)

それから約60年経って、こうお返ししたいと思う。

どんな学習指導要領でも、教科の内容が十分に知っていない作成者や、どのようにすれば有効に学習指導ができるかを知らない作成者、または、さらに新しいさらによい考えをとりいれていこうとしない作成者などにも合うように授業を実践していこうとすれば、それは非科学的となり退歩的にならざるを得ないだろう。

*1:現行指導要領では「ライティンG」というのが流行っている。

*2:ただし、「コミュニケーション英語基礎」を履修する場合は「コミュニケーション英語I」の履修はそのあとになり、原則的には並行履修はしないことになっている。