学習文法理論における「主語」と「述語」
学習者の躓き
明示的な文法指導を行う場合、最初の関門は文の仕組みを教えることである。英語の主語・述語について学習者が躓く理由を、黒川(2004)は日本語からの類推、すなわち日本語の論理で英語を捉えようとするためだと説明している。学習者が日本語から類推することで躓いてしまうということは、主語や述語という文法の根本に関わる部分において、日英語に相違があることを示している。
英語の二大特徴
寺島(1986)は英語の特徴として、「固定した語順」と「よく発達している前置詞の体系」の2つを指摘している。そしてその固定した語順のなかでも「名詞句+動詞句+名詞句」が基本型であるとしている。寺島(1991)では英語と日本語の単文の構造が次のような対照をなすと指摘している。
- 英 語:名詞+動詞+名詞
- 日本語:名詞+名詞+動詞
日本語はこの語順が無標であることから、学習者にはまずこの語順を意識させることが重要であることは確かである。しかし同時に、寺島(1986)も指摘するように、日本語では動詞が文末にくることは語順として統語論的に固定しているが、主語や目的語になる語順は新情報・旧情報という観点から語用論的に決まるということを見逃してはならない。*1
「動詞」が難しい
学習者にとって、動詞という概念は難しく感じられるようである。阿部(2004)の言うような大人の分析的な特性を生かした学習を実現するには、こうしたところで学習者が躓かないような配慮が求められる。動詞が難しく感じられる理由の一つには、同じことを表すときに英語と日本語で品詞が異なる語が用いられる場合があることである。
- like, love−好きだ
- be different−違う
- want, wish−欲しい
寺島(1986)も指摘するように、学習者にとって「動詞」とはまさに「動き」を表すことばであり、「動き」と感じられない事態を表す動詞はいっそう難しく感じられる。実際、目に見える「動き」を表す動詞が動詞としてのプロトタイプに近いため、日本語でも英語でもこうした「動き」は動詞として表される。しかし上の例のような、それよりも周辺的な事態になると英語と日本語で用いる品詞にばらつきが生じてしまうのである。
人称代名詞が難しい
英語の文の基本型が「名詞句+動詞句+名詞句」であることは頻度の面から言えば間違いないであろう。このことは安藤(2005)がこの文型を「愛用文型」であると指摘していることが象徴している。しかし、この事実が日本語との違いを際だたせる結果となっている。
- I envy you. うらやましい。
- I hate you. にくらしい。
- I love you. 好きです。
上に示した例は、英語の動詞が日本語では形容詞や形容動詞で対応しているだけでなく、英語で生じている人称代名詞が日本語では表面的には反映されていないという大きな違いを表している。日本語では話し手が聞き手に対する感情ぬついて言う場合には、話し手や聞き手を表す語は示されないのが普通である。
日本語を使って英語を教える場合、こうした言語現象を扱う際には日常的には用いられない、不自然な日本語を介して教えるのがこれまで支配的であった。しかし黒川(2004)はここに学習者が英語になじめなくなる原因があるのではないかと見ている。
参考文献
- 阿部一(2004)「英語教育における「認知的」な立場とその知見の応用可能性」『獨協大学英語研究』60 pp.333-355.
- 安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』開拓社.
- 黒川康雄(2004)『英文法の基礎研究』三友社出版.
- 寺島隆吉(1986)『英語にとって「学力」とは何か』三友社出版.
- 寺島隆吉(1991)『英語記号づけ入門』(シリーズ授業の工夫1)三友社出版.
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*1:日本語では文末にくるものが動詞のほかに形容詞や形容動詞がくることもあるが、ここでは英語との対照を明瞭に示すためにこの問題には触れなかった。また主語や目的語の語順に関しては学習者が国語教育(特に作文教育)の際に日本語文法として先に学ぶこともあり得る。