英文解釈と統語解析
文法と英文解釈
伊藤(1997)は、品詞論を中心に据える従来の学校文法ではなく、文構造を中心とした文法でなければ英文解釈には役立たないと主張する。実際伊藤はその主張を自らの手による参考書のなかでそれを実現している。しかし知識としての文法をどのように再構成しても、その知識を運用していく道筋を明らかにしなければ意味がない。伊藤は従来の文法が言語を使用する立場に立っていないと批判し、次のように述べている。
「言語は静止状態にあって全体を同時に眺められる線ではない。時の流れと等しい方向に流れる、「方向」を持った線なのであり、言語の使用にあたって、我々はその線に束縛されつつ、みずからも流れることを強制されているのである。」(伊藤1997:52)
時枝誠記は言語を実践する言語主体の立場である「主体的立場」と、言語を観察し研究する立場である「観察的立場」を明確に区別したが、伊藤はその主体的立場に立った文法を目指したのである。そしてそうした立場に立って伊藤(1987, 1988)を世に問うた。これらの著作は文構造の分析を結果として示すのではなく、文頭から文末に向けて、どのように文法知識を用いながら英文を理解すべきかを示している。
英文解釈とフレーズリーディング
すでに述べたように伊藤は受験英語の英文解釈という枠組みのなかで直読直解の方法論を確立させている。一方こうした英文解釈とは別に、文法的・意味的なまとまりごとにスラッシュ( / )で区切りながらの読む方法も考えられている。この方法は文法的・意味的なまとまり(=phrase)で区切るために「フレーズリーディング」または心理学の用語を用いて「チャンクリーディング」と呼ばれる。通訳訓練法においてはスラッシュを用いた読解技術であることから「スラッシュリーディング」と呼ばれている。
田中(2002)は英文を後ろから前にかえって意味をつなぐことを防ぐために、文頭から意味の単位ごとに区切って読んでいくことを勧めている。また谷口(1992)はフレーズリーディングの利点として次の4つを指摘している。
- 1回の固視で多くの情報を得る。
- ストーリーを覚えやすい。
- ストーリーを思い出しやすい。
- 語やアイデアを推測しやすい。
谷口が指摘しているこの利点は海外の研究から得た知見を利用している。このため1語1語読む場合とフレーズリーディングの場合とを対比して指摘しており、日本人学習者に見られる返り読みを避け直読直解を目指す方法という視点で論じているのではないようである。ここで問題となるのは英文読解を学ぶ上でスラッシュを用いることは、用いない場合と比べて効果的なのか、あるいは単なる好みの問題なのかということである。
この問題に関して高梨・高橋(1987)は、読み手は文章を読む際に視線を同じ速度で右へ右へと移動させているのではなく、固視(fixation)→移動→固視→移動というように飛び跳ねるような移動の仕方をすると指摘している。つまりスラッシュで文をまとまりごとに区切って読むことによって、この固視と移動の繰り返しという読みの眼球運動が可能になるのである。しかし学習者が自力でしかるべき位置にスラッシュを入れて区切れるようになるのはやはり文法知識が必要であるといえる。