持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

フレーズリーディングと統語解析

直読直解とフレーズリーディング

「直読直解」という言葉は日本人の英語学習において2つの意味を持つ。

  1. 左から右へと英文の流れに沿った理解
  2. 和訳をせずに英語からの直接的な理解

このうち2.は訳読式の学習であってもやがて和訳を経ずに理解できるようになり、また1.を実現するためにフレーズリーディングによって自然な眼球の動きに即した理解を目指すことが可能であることもすでに見てきた。
現在ではフレーズリーディングの有効性に関しては広く認められるようになっている。しかしその具体的な方法となるといくつかの「流派」のようなものがある。寺島(2002)によれば、この「流派」とは、スラッシュを入れる「切れ目」をどこに求めるべきかということの違いから生じているという。
寺島はSIM方式、RIC方式、桐原方式、茅ヶ崎方式の4つの方式と、寺島らが推進する記号研方式を比較している。比較の詳細は寺島(2002)に譲るが、寺島が明らかにしたのはフレーズリーディングが学習者にとって使えるものなのかどうかは明確で明快な読解文法がその背景にあるかどうかで決まるということである。
しかしフレーズリーディングにとって必要なことはそれだけではなく、学習者が慣れていくにしたがってより大きな意味のまとまりで切れるような方向付けができるかどうかも重要である。門田・野呂(2001)によれば読解力の向上にともなって知覚スパン、すなわち視野に収まる語数が広がり、より多くの情報を統合できるようになると指摘している。このためスラッシュを入れる位置を一方的に固定してしまうと、学習開始当初は読解力の向上を促進するがある程度の読解力に達すると細かな分析が却ってさらなる読解力の向上を阻害する恐れがある。
門田・野呂は、句ごとにスラッシュを入れた文章のほうが、1語ごとにスラッシュを入れた文章よりも理解度が高く、また上級学習者になると句ごとにスラッシュを入れた文章とスラッシュのない文章とでは理解度に差がないという事件結果も示している。これは1語1語の分析から英文解釈を始めて、句の構造にある程度慣れてきたところでS・Vや細かな修飾関係などの書き込みをやめさせ、スラッシュによるフレーズリーディングに移行させることが有効であることを示すものであると言える。

直読直解のための読解文法

阿部他(1994)は人間の統語知識は句構造規則(phrase structure rules)または遷移網(transition network)などの形で心内に貯蔵されているという。これは仮説の域を出るものではないが、この仮説から英文の語順を支える句構造規則を学習者に提示し、それを使って文構造を分析し、スラッシュを入れ読んでいくことで直読直解に必要な文法知識を内在化させることができるのではなかろうか。生成文法などで用いられる句構造規則は階層性を持っているため、知覚スパンの拡大した上級学習者にはより大きなまとまり(生成文法で言う「投射(projection)」)で区切れるようにすればよいのである。
もちろん文法構造には学習者にとって理解が困難なものもあり、理論としての生成文法と同様に、学習文法としても句構造規則のようなものですべてが解決できるわけではない。もちろん言語理論にはHPSGのように変形規則を用いずに句構造規則だけで文法を記述するものもあるが、学習文法では極度に抽象的なものは当然不向きである。この辺りが学習文法が折衷的と言われる所以である。

参考文献

  • 阿部・桃内・金子・李(1994)『人間の言語情報処理』サイエンス社
  • 門田修平・野呂忠司(2001)『英語リーディングの認知メカニズム』くろしお出版
  • 寺島美紀子(2002)『英語「直読直解」への挑戦』あすなろ社.

最後にひとこと

ここ数日の流れは受験英語の可能性と限界を探る流れと言えます。大切なことは「受験英語=悪」「海外の理論=善」というステレオタイプでものを見るのではなく、授業や学習環境を変えていくために有益な情報を広く求め、そしてそこから教師が自らの頭で考えて新しい英語学習のあり方を切り開いていくことだと思います。