持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

私の英文法指導歴(その1)

はじめに

このエントリーは、id:anfieldroadさんの「『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない!」の第2回「英文法指導」に参加するために書いたものです。

大学学部時代

私は、大学受験が終わると、学部入学前の1993年3月から個別指導塾で英語を教えるようになりました。中学時代の友人の紹介で、春休みの暇つぶしみたいな感じで気楽な気持ちで始めたのですが、採用されていきなり高校生を担当することになってしまいました。今では中学生に教えることの難しさはよく分かっているつもりですが、当時は中学生の指導と高校生の指導では時給が違うこともあり、大変な仕事を任されてしまったという思いがありました。そこで私がやったことは、それまで自分が受験勉強で学んできたことを生徒の前で再現することでした。受験勉強の過程で強く影響を受けた参考書の受け売りです。このブログのプロフィールにも書いておきましたが、私は伊藤和夫先生の著作に強く影響を受けておりましたので、そうしたものを中心に、また高3の時から読み込んでいた、『英文法解説』(江川泰一郎著、金子書房)や『実例英文法』(トムソン/マーティネット著、江川泰一郎訳注、オックスフォード)などの内容を織り込んだりしながら教えていきました。当時の文法事項の提示の仕方は必ずしも生徒の実情を考慮したものではなかったかもしれません。大学生塾講師にありがちな過ちです。
学部2年になると、『現代英語教育』(研究社)の「認知意味論から見た英文法」の連載を読むようになり、認知意味論という分野に惹かれていくようになりました。『〈英文法〉を考える』(池上嘉彦著、筑摩書房)、『発想の英文法』(田中茂範著、アルク)、『基本英単語の意味とイメージ』(阿部一著、研究社出版)などを次々と読んでいきました。その後『ネイティブスピーカーの英文法』(大西泰斗/ポール・マクベイ著、研究社出版)などにも目を通しました。今までとまったく違う英文法だと舞い上がって浮かれていた時期でもあります。しかし、学部の3年から4年にかけて、塾講師を続けていくあいだに、そうした意味のレベルではなく、語順や語形などのもっと基礎的なところでつまずく生徒が多いことに気づくようになりました。この辺りのことは、当時『英語教育』のFORUM欄に書いたものがあります*1。『英語の素朴な疑問に答える36章』(若林俊輔著、ジャパンタイムズ)や、『英語科教育基礎と臨床』(五島忠久/織田稔著、研究社出版)などを読むようになったにもこの頃です。この頃の関心は英語の語順や語形をどのようにしたら学習者に定着させることができるのかということであり、少し前に抱いていた認知意味論への熱はほとんど冷め切っていました。

今日はここまでです。続きは後日アップします。

*1:「『文法』の軽視が『わからない生徒』を作っている」:『英語教育』1996年10月号