持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

脱言語の受験小論文・受験現代文

受験小論文や受験現代文は、なぜ言語から離れようとするのか。テレパシーこそが究極のコミュニケーションのあり方だとでも思っているのだろうか*1。「小論文は作文ではないから言語表現にこだわらなくてよい」というのはどういうことなのか。「作文」は「論文」や「小論文」よりも上位の概念ではないのか*2*3
文章である以上、言語で表現しない文章などありえない、という根本的な現実に、受験生はしっかりと向き合わなければならないのではないか。教える側も、文章の言語、すなわち日本語の知識を身につけておく必要がある。それは学校国文法の知識ではない。漢詩由来の文章構成法でもない。現実の日本語の記述から出発して、理解を困難にする要因を検討し、理解阻害要因を排除した文法を、文章表現の規範文法として提示しなければなるまい。もちろん、文法だけでは文章は書けない。だが、文法が文章を書くうえでの重要な要素であることは確かである。

*1:いや、テレパシーも、おそらく言語コミュニケーションの1つだと思うが・・・

*2:点心−餃子/一口餃子と同じ関係だと思っていたのだが・・・

*3:「作文」と「論文」の関係については、[日本語−書く] のカテゴリーのなかできちんと論じる予定である。