持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

文章におけるレトリックとは何か(その9)

配列

書く内容が決まってくると、どのように書くのかということもある程度決まってくる。逆に言えば、「こういう文章を書こう」と思っていても、内容がそれに伴わなければ、当初想定していたような文章にはならないことになる。澤田(1977)は、配列の方法として「序」「提題・列挙」「論証」「論駁」「結論」の5部に分けるものを挙げている。「提題・列挙」「論証」「論駁」の3つの部分が、一般に言われる「本論」に相当する。
「序」の役割は、読み手の注意を喚起し、書き手への関心を持たせることである。本論にはいるとまず、トピックの提示をする(「提題」)。提示するトピックが複数にわたる場合は「列挙」となる。ただし、澤田は普通の論文では提題も序に含めると述べている。提題のあとは「論証」に移る。証拠によって積極的な論証を行う場合と、反論に応えていく反駁を行う場合(「論駁」)がある。この過程で自分の立場が強化されたり、反対者の立場が弱化されたりする。これが「結論」であり、「提題」と矛盾のない形で締めくくることとなる。
上村(1993)は、英語の文章が基本構造として、「序論(introduction)」「本論(body)」「結論(conclusion)」の3部からなると述べている。「序論」の目的は、読み手の関心を引きつけることと論旨を読み手に伝えることとしている。これは澤田が「提題」も「序」に含めるという指摘と重なる。「本論」では、「序論」で示した論旨に対して詳述したり、理由付けをしたりしていく。「結論」では「本論」で展開した論点をまとめ、論旨を強調する。

日本語の文章における配列

日本語の文章における伝統的な配列のひとつに、「起承転結」がある。これは「絶句」と呼ばれる漢詩の構成法から生まれたものである(長野1996,高橋2004)。西尾(1954)によれば、起承転結のような構成法は、自由な表現を妨げるということで、近代の文章からは排除されてきたという。しかし、西尾も指摘しているように、コミュニケーションの手段としての文章表現には、何らかの一定の枠組みが必要である。この意識が多くの人に共有されているためか、起承転結が日本語の文章から完全に消えることはなかった。この構成法が多くの書き手を引きつけるのは「転」の存在である。
まず「起承転結」の概略を確認しておきたい。「起」とは冒頭の部分であり、「提題」に相当する。「承」は「起」を受けてトピックを展開する部分である。「転」は「起−承」からの叙述の流れをいったん断ち切って、新たな切り口で叙述を行う部分である。最後の「結」では「起−承」からの叙述と「転」での叙述をまとめ、論旨をまとめる部分である。このうち良くも悪くも問題となるのが、やはり「転」の部分である。「転」は「論理的な内容というよりは視点を変えることによって読み手に新しい刺激を与えるもの」(長野1996:91)である。このため、うまくすれば効果的な表現となるが、下手をすれば単に叙述の流れが変わるだけで、読み手に冗長な印象しか与えないことになってしまう。
このため、起承転結の構成法をそのまま日本語の文章表現に用いることに関しては、消極的な立場を取る向きが多い。速水(1990)は高校での作文指導の立場から、起承転結は初心者には無理であり、必要ないと述べている。高橋(2004)はテクニカルライティングの立場から、「転」の部分に引用を持ってくることを提案している。これは澤田(1977)でいう「論証・論駁」に相当する。樺島(1983)に至っては、文章を4つの部分に分割することと、部分間の続き方を明らかにすることの2点を言っているだけであって、これだけで文章が書けるわけではないと指摘する。
起承転結と並んで日本語の文章の構成法として知られているものに、「序破急」がある。これは能の思想に基づくものである。「序」と「急」はそれぞれ序論と結論にあたり、起承転結でいうとそれぞれ「起−承」と「結」に対応する。このため、序破急では、「破」が重要な役割を果たすことになる。高橋(2004)が指摘するように、序破急で書かれた文章は読み手の関心をぐいぐいと引きつけていく効果がある。しかし、書き手からすれば、起承転結以上に難しい構成法であると言える。難しい構成法で文章を書くということは、そのぶんだけ書き手が文章の形式面を意識せざるを得なくなるということを意味する。これが西尾(1954)の言う、近代の文章からの構成法の排除ということにつながるのであろう。

参考文献

  • 速水博司(1990)「高校における作文教育」『日本語学』9(7) pp.33-38.
  • 樺島忠夫(1983)「文書表現力とは何か」『言語生活』374 pp.16-23.
  • 上村妙子(1993)「英語を書くコミュニケーション」橋本・石井(編)『英語コミュニケーションの理論と実際』桐原書店
  • 長野正(1996)『文章表現の技法』国土社.
  • 西尾実(1954)「ことばと文章−口語文の革新と提言−」川端他(編)『文章表現』(文章講座3)河出書房.
  • 澤田昭夫(1977)『論文の書き方』講談社
  • 高橋昭男(2004)『日本語テクニカルライティング』岩波書店

文章表現の技法

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