文の長さ(その1)
効果的な伝達のために
効果的な伝達のために短い文を用いるという発想は、日本でも戦時中からあったという(扇谷1983)。扇谷によると、当時の軍部が作戦の必要性から、文部省や司法省などとわかりやすい文について協議していたという。明治以来の文語文から脱却し、より明確な命令伝達を目指したらしい。だが、諸般の事情でこれは実現しなかったという。扇谷は同じころアメリカでFleschが行った研究も紹介している。これによると、1文が19語以下であると「読みやすい」とされ、23語になると「難しい」、28語以上になると「非常に難しい」となるのだという。
Fleschの研究はPlain Englishの出発点と言われる。伊藤(1994)は、そのPlain Englishの観点から1文を12語、最長でも15語までに収めるべきであると提案している。伊藤によれば、アメリカのアナウンサーでも一息で読める語数は15までなのだという。日本人が書く英語の1文あたりの語数は30語近くになることも多いから、これを実行するには語彙知識の見直しが必要となるであろう。もっとも、日本では国語教育で作文の際の文の長さについて教わることが少ない。このため、英文和訳や和文英訳によって、英語の傾向が日本語に転移したり、その人の日本語でのくせが英語に転移したりすることもありうる。
日本語の文の長さ
英語ではPlain Englishの運動から文の長さに関心が向けられるようになったが、日本語ではどうであろうか。確かに国語教育では明示的に教えられることが多くはないのかもしれないが、この問題に答えている研究者・教師なども少なくない。扇谷(1983)は「英語の字数×2.5」が日本語訳の字数になるというジャパンタイムズの例を挙げている*1。ここから日本語の文は45字以内にすべきであると主張している。さらに、テクニカルライティングの立場からは、藤沢(2004)が平均40字以下を提案している。高橋(2004)なども述べているように、テクニカルライティングでは1文に1つの情報を盛り込むということを徹底することが求められている。このような方針を守れば40字以内は確保できるであろう。
もっとも、短ければいいというものでもない。照屋(2006)は、ビジネス文書では短い文を追求するあまり、抽象的な表現になりすぎて、読み手に伝えるべき情報が伝わらなくなることが多いことを指摘している。こうした状況に対応する指針となるものに、樺島(1967)がある。樺島は文章中にある1文あたりの平均語数が44文字以上であれば長すぎ、27〜43文字であれば適正、26文字以下であれば短すぎであるとしている。樺島の場合は「字数」ではなく句読点を省いた「文字数」でカウントしているが、適正範囲に幅を持たせているため、樺島以外の主張・提案と同列に比較しても支障はないであろう。
参考文献
- 藤沢晃治(2004)『「わかりやすい文章」の技術』講談社.
- 伊藤、ケリー(1994)『プレインイングリッシュのすすめ』講談社.
- 樺島忠夫(1967)『文章工学』三省堂.
- 扇谷正造(1983)「なぜいま作文か?−「文章の書き方」とその周辺」『言語生活』374 pp.44-54.
- 高橋昭男(2004)『日本語テクニカルライティング』岩波書店.
- 照屋華子(2006)『ロジカル・ライティング』東洋経済新報社.
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*1:扇谷の述べていることは、おそらく「英語の語数×2.5」が日本語訳の字数になるということだと思われる。