持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

『「なぜ」から始める実践英文法』を読む

ARNAメソッドの一環としての学習書

『「なぜ」から始める実践英文法』(以下、阿部(2007))は、田中・佐藤・阿部(2006)が提唱する「ARNAメソッド」の実践のなかに位置づけることができる学習書である。「ARNAメソッド」とは以下のようなものである。

  1. 「なぜそうなのか?」という原理的な問いを行い、「なるほど、そうなのか」という納得を得る。(Awareness-Raising)
  2. 「そういえば、あれも同じ原理だ」という思考を通して、原理の拡張・応用を行う。(Networking)
  3. 学んだ英語を実践的に用いることで知識の自動化を図る。(Automatization)

このうち、阿部(2007)は1.と2.を扱うものである。そのうえで、3.へのヒントを含ませることで、書名にあるような「実践英文法」を目指している。

学習者志向

阿部(2007)は、阿部(1993)と阿部(1998)の続編として位置づけられているようだが、実際にはそのようにはなっていない。阿部(1993)や阿部(1998)が英語教師向けの豆知識や文法・語法研究へのきっかけを提供する役割を果たしているのに対して、阿部(2007)は完全に学習者を対象として書かれている。実際に、取り上げられている項目には重複が多く、3冊揃えたところで網羅的になるなどということは意図されていない。また、阿部(1993)や阿部(1998)では認知意味論をベースに書いてあることが明記されていたが、阿部(2007)ではそうした理論的な拠り所を前面に押し出すことを避け、親しみやすさを醸し出そうとする配慮が感じられる。さらに、阿部(1998)で見られたような、章ごとの記述の齟齬も阿部(2007)には見られない。

FAQ形式の文法書

阿部(2007)は、「はじめに」でも書かれているように、FAQ形式の文法書である。このことは、どこから読んでもいいという、取っつきやすさを与える反面、英語の初学者には使いにくいものとなる。ここで想定される読者とは、従来の学校文法などで一通り文法知識を身につけていて、その知識を再整理し、活性化させて、知識を使えるようになりたいと考えている人たち、ということになろう。そして、その論点は、日本人学習者が捉えにくく、使いにくいと感じている項目や知識を中心に絞り込んでいる。これは、当然ながら、一定の知識をすでに持っている学習者には非常に有効である。だが、文法がさっぱり分からなくて、英語力が停滞している学習者層を取り込むことはできない。文法書がより基礎的な部分に踏み込むには、日英語の違いばかりを強調するわけにはいかない。そのようなことをすれば、英語は難しい言語なんだという印象を学習者に焼き付けるだけである。中級者にとっての薬は、初級者にとっては毒になることを、我々は知っておく必要があるだろう。

で、いいの?悪いの?

受験勉強に取りかかっている高校生や浪人生、そして大学生以上の学習者にはお勧めである。教師向けには阿部(1993)や阿部(1998)の方が適しているだろう。また、大学生で、阿部・持田(2005)を授業で使用している人は、参考書として最適である。

参考文献

  • 阿部一(1993)『基本英単語の意味とイメージ』研究社出版
  • 阿部一(1998)『ダイナミック英文法』研究社出版
  • 阿部一(2007)『「なぜ」から始める実践英文法』研究社.
  • 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店.

「なぜ」から始める実践英文法

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実践コミュニケーション英文法

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英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

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