持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

『たのしい日本語の文法』を読む

基本文の構造

児童言語研究会によって編まれた『たのしい日本語の文法』(以下、児言研1975)では、文をいろいろなもの・ことについての考え(判断)を表すものと定義している。形態上は、文を主語と述語からなるものと分析し、次のような3つの種類に分類している。

  • おじさんが 働く。 (どうする文)
  • おじさんは やさしい。 (どんなだ文)
  • おじさんは 鉄道員だ。 (何だ文)

児言研(1975)では、このような、いわゆる終止形の述語が用いられた文を「基本文」と呼んでいる。児言研はまた、主語・述語以外の要素は一括して「補語」と呼んでいる。

変形文

児言研(1975)では、従来の学校文法で用言の活用として扱われていた現象を、基本文から派生した「変形文」として扱っている。

  • 述語変形
  • 修飾変形(体言修飾/用言修飾)
  • 強調変形
  • 省略変形
  • 付加変形
  • 複合変形(重文/複文)

用語からわかるように、この変形文の考え方は、初期の生成文法の影響を受けたものであると言える。しかし、修飾変形の用例の多くは一般的な修飾語の例であり、少なくとも「文」を変形させて生成した形式として積極的に説明しているようには見えない。児言研は、文を変形させて生成した形式は、複合変形によって派生したものと位置づけているが、複合変形と修飾変形がどのように関連するのかは明らかにされていない。

文の分析

児言研(1975)で扱っている文の分析は、大久保(1976)と同様のIC分析に基づくものである。これは、大久保が児言研において指導的な立場にあったことと関係していると思われる。ただし、大久保(1976)が文の分析に紙面の多くを割いていたのに比べると、児言研の扱いは小さい。

児言研文法の検討

児言研文法では、生成文法流の変形と、従来の学校国文法の「活用形+助詞/助動詞」の枠組みとで、述語の扱い方に一貫性がない。これは統語論においては生成文法の援用をしながらも、形態論的には従来の文法の枠組みを捨てきれなかったことに原因があるものと思われる。こうした現象は、何か新しい知見を学校の現場に持ち込む際の躊躇から生じるもので、けっして児言研に限ったことでも、国文法に限ったことでもない*1
それでも、基本文からの変形という考え方は、易しい文法形式と長くて複雑な文法形式とを関連づけることになり、学習者にとってのメリットは決して少なくはない。さらに日英語を対比的に扱う際にも、変形過程の違いから、長くて複雑な文が日本語と英語でどう違うのかということを明確に把握できるようになる。文法訳読式の授業で、学習者が長い文を訳出すると意味不明な日本語が生じてしまうことがあるが、この意味不明な日本語になる原因を学習者が認識するためにも、基本文と変形文という考え方は有効であるように思われる。

参考文献

  • 児童言語研究会(編)(1975)『たのしい日本語の文法』一光社.
  • 大久保忠利(1976)『楽しくわかる日本文法』一光社.

*1:現在の、認知意味論の知見を英文法に持ち込む場合にも同様の齟齬が起こりうる。