持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

第二言語習得研究と言語教育

第二言語習得における「第二言語

第二言語習得研究における「第二言語」とは習得目標言語を指すものであって、社会言語学において「外国語」との対比において用いられる「第二言語」の概念とは別物である。しかし、いずれの場合においても「第一言語」すなわち母語の存在を前提としていることは確かである。第一言語習得研究においては、誕生後の短期間に母語話者として一定のレベルに到達するまでの過程を扱うことが多い。このため国語教育を受ける前の母語の事実を研究対象とすることになる。
現在の日本の学校英語教育は、6年間の国語教育を受けた学習者を対象として開始される。第二言語習得研究と言語教育が別個の研究領域であることは岡田(2006)でも指摘されている。言語教育、とりわけ日本の英語教育ということを考えた場合、6年間の国語教育を受けた日本人学習者の日本語の能力がどの程度のものなのか、英語学習開始時点における日本語能力がその現状よりも高い場合や低い場合に英語の習得にどのような影響が及ぶのか。あるいは学習開始時期を前後にずらした場合に英語の習得や国語学習への影響はどのようになるのか。そうした問題を考えていく必要がある。
このように日本の英語教育においては目標言語である英語も、母語である日本語も変数として考えていかなければならない。これと比べると第二言語習得研究における「第二言語」は静的なものであり、「第一言語」はさらに静的なものとして扱われている。

国語教育のあり方と英語教育のあり方

仮に日本語能力が高い方が英語教育の効果も高くなるという仮説が成り立つのであれば、国語教育の効率をこれまで以上に高いものにしていく必要がある。大津(2006:34)は「優れた英語運用能力を身につけた人々の多くは母語運用能力も優れており、その基盤にはメタ言語能力に支えられた言語意識が横たわっているのである」と述べている。大津は母語に対して働く言語直感を言語教育によって意識化させることの重要性を指摘している。
問題はこの「母語の直感の意識化」をどのように行うかである。この意識化は英語教育に先立って、国語教育の場でまず行うべきである。日常会話のような遣り取りで働く直感を意識化してより高度なスピーチコミュニケーションに結びつけたり、読解や作文に応用するようにするのが望ましい。国語教育において活性化されたメタ言語能力を生かす形で英語教育が始められれば、英語学習の初期の段階で文法学習などをやっていても、やがては日本語に近いレベルまで英語の能力を高められるのではないかという希望を持って学習することができるようになる。
この場合、国語教育と英語教育の連携が必要になる。英語教育において明示的文法指導を行うのであれば、国語教育においても実践的口語文法を指導する必要性について検討し、必要であるのであれば英文法の体系と有機的に結びつくものが望ましい。読解指導であれば日英のロジックやレトリックの違いを学習者に気づかせることが有効であろう。
そうした連携を抜きにして、国語教育が文学作品の読み聞かせに終始し、英語教育が挨拶程度の会話に明け暮れるようでは、社会生活で求められる言語能力が日英語とも身に付かないことにもなりかねない。学校での言語教育としては明らかに不十分である。日本語であれ、英語であれ、基本的な言語技術の上に初めて、教養を身につけ人格の陶冶につながるような読書が可能になるのである。国語教育も英語教育も、まずは広義の言語コミュニケーションを可能にする能力を養うことに主眼をおくべきである。

参考文献

  • 岡田圭子(2006)「理論と実践の橋渡しを目指して」『言語』35(4) pp.26-31.
  • 大津由紀雄(2006)「原理なき英語教育からの脱却を求めて 大学編」『英語青年』pp.33-35.