持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

Gruberの文法

標準理論に対する代案

Gruber*1は特定の語彙形式にこだわらずにその背後にある意味的な共通性を明らかにしようとした。この考え方は後の生成意味論の源流となった。

  1. The caravan crossed the desert.
  2. The caravan went across the desert.

1.と2.は同義的であるが、Chomsky(1965)の標準理論では共通の深層構造を設けることはできない。標準理論では語彙を挿入することで深層構造が生成されるため、用いられる語彙が異なる文は深層構造も異なることになる。
これに対して、Gruberは意味的な要素によって構成される「辞書前の構造」(prelexical structure)*2を設けている。上に示した例では、どちらの文も辞書前の構造におけるVはcrossやgoではなく、MOTIONALという記号で表される。そしてVPの補部としてPPをとるものと分析し、PがACROSSという記号で表される。辞書前の構造は文の統語的・意味的特性を規定するもので、ここから変形と語彙項目の挿入が行われて深層構造が生成される。このときMOTIONALがgo、ACROSSがacrossによって語彙化されれば2.が得られ、MOTIONALとACROSSがcrossという1語で語彙化されると1.が得られる。このように複数の意味的要素が単一の語彙要素として語彙化されることをGruberは「包入」(incorporation)と呼んだ*3
辞書前の構造ではV以外の要素も非語彙形式で表されるため、動作主、主題、起点、着点といった主題関係(thematic relation)がNPを表している。

Gruberの文法の継承

基底構造が意味表示となるというGruberの考え方は生成意味論に通じるが、荒木他(1982)によればGruberの考える意味構造は必ずしも普遍的なものではなく、すべての言語に共通する意味表示を仮定する生成意味論とはその点において異なる。
しかし池上(1975)ではGruberの理論を発展させ、普遍的な意味構造の記述を試みている。生成意味論とはまた別の形での継承である。Gruberの理論も生成意味論も変形の概念を不当に拡張したと批判されることが多いのに対して、池上は意義素を語彙素として実現させるための変形と語彙素の統合のための変形を、同じ「変形」という用語で表していることが問題であると指摘した。
また辞書前の構造で表示されている主題関係はFilmoreの「格文法」(Case Grammar)に継承され、さらには辞書前の構造そのものを発展、体系化したものを現在の構文文法であるとみなすこともできる。
言語理論としては問題の多い理論ではあるが、理論言語学とは方向性を異にする応用言語学にとって、「背後にある意味の共通性」を捉えようとする試みは非常に魅力的であるというのが、この理論の印象である。

参考文献

  • 荒木一雄他(1982)『文法論』(現代の英文法1)研究社出版
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 池上嘉彦(1975)『意味論』大修館書店.

*1:Gruber, J. S. (1976) Lexical Structures in Syntax and Semantics.という公刊された論文があるのですが、現在手元にないので、荒木他(1982)と池上(1975)にまとめられているものを参考にしています。

*2:本文中では池上(1975)の訳語を採用した。荒木他(1982)では「語い前の構造」と訳している。

*3:ここも池上の訳語を採用した。荒木他では「編入」と訳している。