持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

文型論の意義と動詞意味論

学習文法としての意義

英文の基本構造は7文型ないし8文型で説明可能であっても、問題はそれぞれの構造と「n文型」という文型番号との対応がQuirk et.al.を除けば恣意的であるということである。義務的副詞要素を認める7文型を学校文法に受け入れようとする試みには、村田(1984)に見られるような既存の5文型を拡張した形をとったものが多く、文型論としての整合性よりも従来の文型番号をずらさないように配慮したものとなっている。こうした配慮は5文型がすでに定着している学習者にとっては混乱が少なくて有効と言えるが、5文型が身に付いていない学習者にとっては5文型の恣意的な文型番号を温存することは得策ではない。文型を明示的に学ぶときに文法構造が解析できて文意が理解できてもそれが何文型であるかがわからないという事態も十分あり得る。こうした事態に対処するには安藤(1996)がいう動詞の下位範疇が文型を規定するということをさらに掘り下げて、動詞の意味と下位範疇との関係を明らかにしていくことが一つの方法である。

動詞の意味と文型

文構造を理解するうえで、主語や目的語といった文の要素について学習することと、それを文型番号と結びつけて記憶することとは別の次元のことである。そして文型番号という恣意的な概念をこれまで教室で用いなければならなかったのは、文型という統語知識の学習を、意味、とりわけ文型の決定に関与する動詞の意味から切り離して扱われていたからである。逆に言えば動詞の意味から文型論を再構築することで5文型という恣意的な文型番号から脱却することが可能になると考えることができる。
中右(1994: 309-316)では状況を表す命題の基本型として、次の3つを挙げている。

  • 状態の命題型:BE (THING, PLACE)
  • 過程の命題型:GO (THING, PLACE)
  • 行為の命題型:DO (ACTOR, THING)

このような考え方は、「第1文型」「第2文型」のような恣意的な番号によってではなく、より言語直感に馴染む意味によって文型論を構築することができる可能性を示唆している。
田中・深谷(1998)によれば、動詞は図式構成機能を持つと言う。例えば「読む」という動詞を聞いたり読んだりすると、経験基盤に基づき〈読む人〉と〈読む対象〉を連想する、という具合である。
問題は外国語である英語の語彙知識の習得に際して経験基盤が働くのかという点だが、Jiang(2000)はL2の語彙習得ではすでに定着しているL1の語彙の持つ概念・意味の知識が活用されると言う。
もちろんこれには、L1の意味に引きずられてしまい、L2の語彙の持つ本来の意味が習得しにくくなるという負の側面もある。しかし教室で新出単語を教わったり、学習者自らが英和辞典を引くことで語彙を習得していく場合、その過程のなかでL1すなわち日本語の語彙の意味・概念が介在するのはやむを得ない。Jiangは新出単語を定義によって学ぶ場合も同様の傾向があると指摘しており、英英辞典を用いても日本語に経験基盤に依存するのは避けられないようである。
以上のことから、文型という統語知識の学習に際しては、語彙習得の際に必然的に関与する日本語の経験基盤を活用した方が、恣意的な文型番号でまとめ上げて提示するよりも効果的であるという見通しが得られる。
なお、言語運用の基盤となる文法知識について、馬場(1992)はこうした文法を記述することと、実際に学習者に提示することとは別の次元の問題であり、後者は文法項目、指導・学習目的、学習者の多様性、学習・指導環境、指導者の力量を考慮して提示すべきと述べている。したがって文法指導に新しい知見を盛り込むということは、必ずしも新しい理論であることを学習者に知らしめるような指導をするということは同義ではないのである。
中右(1994)の考える基本命題構造に現れる述語はすべて2つの意味役割の項を持っている。しかしQuirk at al (1985)の分析でも分かるように現実の文の統語構造は①主語以外の項をとらないもの、②主語の他に項を1つとるもの、③主語の他に項を2つとるものの3通りが考えられる。これが中右も認める意味と形式のずれである。恣意的文型番号に代わる文型論の枠組みを構築するには、この意味と形式の対応を適切に記述していくことが求められる。
高校の現場ではともかく、受験英語の世界では伊藤(1979)などのように、5文型の文型番号から①S+V、②S+V+X、③S+V+X+Xに再編成する試みが行われたことがある。寺島(1986, 2000)では「名詞+動詞+名詞」を英文の最も基本的な構造としている。こうしたことから、統語構造においてもS+V+Xを基本とし、そこからS+VやS+V+X+Xを関連づけていけばよいということが予想される。もしそうであるならば、中右の2つの項をとる基本述語との対応も可能と言えよう。もちろんそれは理論言語学的にという意味ではなく学習文法論として可能という見通しである。

参考文献

  • Jiang, Nan (2000) "Lexical Representation and Development in a Second Language." Applied Linguistics, 21(1) pp. 47-77.
  • 馬場哲生(1992)「学習文法とは何か」金谷編著(1992)『学習文法論』河源社.
  • 伊藤和夫(1979)『英文法教室』研究社出版
  • 村田勇三郎(1984)『文(Ⅰ)』研究社出版
  • 中右実(1994)『認知意味論の原理』大修館書店.
  • 田中茂範・深谷昌弘(1998)『〈意味づけ論〉の展開』紀伊國屋書店