持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

何で英語勉強するの?

はじめに

今回はid:anfieldroadさんの企画「『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない」に参加して記事です。

生徒に、『なんで英語なんか勉強しなくちゃいけないんですか?』と訊かれたら、何と答えますか

メディアリテラシー

まず、1つ目の理由としては、英語が読めると日本語で読める情報だけではわからないことを知ることができるということです。日本国内のことであっても、国内のメディアと海外のメディアでは違うことがあります。海外発の情報は翻訳のフィルターを通すことで第三者に取捨選択された情報しか、日本語では受けることができません。特に東日本大震災以降は、日本語による情報しか得られないことの不安は大きくなってきているように思います。

「有事」に備える

日米同盟のもとでは、平時には大半の日本人にとって「外国語」である英語も、有事においては第2公用語として機能する自体も想定されます。英語による米軍の指示に、日本国民が従わなければならない事態も絶対に起こらないとは言い切れません。このため、有事に軍人の話す英語を理解できるくらいの力を義務教育課程で保証してあげなければなりません。
もうひとつ、なんらかの理由で日本国外に移住しなければならない場合に、もっとも「つぶしの利く」言語が英語であるという事実も無視できません。今後、政治難民のような形で日本を離れなければならない可能性もまったくないとは言い切れません。そのためにも英語が必要です。

無形固定資産としての英語

こんな言い方をすると、英語帝国主義に加担していると受け止められてしまうかもしれませんが、残念ながら、英語ができることは、他の言語ができるよりも収入に結びつきやすいというのは事実だと思います。例えば、理工系の大学に進む高校生は、英語ができれば将来シリコンバレーで高収入を得られるかもしれません。ただし、英語を学んでも英語ができるようにはならないとはよく言ったもので、英語だけをやっていても、経済的に有利になるわけではないのも事実です。

おしまいに

単に、世界中の人とコミュニケーションができるから、というのは英語を学ぶ動機付けとしては不十分だと考えます。別に意図的に誰かとコミュニケーションをしたいと思わない学習者には説得力を持たないですし、対人コミュニケーションのレベルでは、相手が日本語を学んでもよいのです。非英語話者の側だけが英語学習という負担を引き受ける必要はないのです。そして、大半の日本人にとって英語ができなくても生活に不自由を感じないわけですから、英語を学ぶ理由として説得力をもつものは皆、生臭く物騒なものになってしまうように思います。