持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

言語教育におけるtranslationとその周辺(その4)

言語文化と文構造(続き)

すでに述べた通り、事態を起因に拘って因果律に分析する英語は、事態把握の仕方がSVOという形式に反映されている。英語は水谷(1985)が言うように「事実指向型」の言語であるが、事態がひとたび言語化されると、今度は統語的整合性に束縛される。まず主語が文の他の要素を支配する(平子1999: 85)。〈モノ〉指向的な英語は主語に重点が置かれるのである(楳垣1975: 70; 中島1987: 5)。主語中心で統語的整合性が厳守される英語では、「必ず主語があり、その人称に対応する定動詞があり、その動詞が他動詞なら必ず目的語をとる」(平子1999: 85)。この「主語+定形動詞(+目的語)」というパターンが英語の文構造を中心を成すという考えは織田(2007)にもみられる。織田は英語の文について「文の冒頭で、主語を起点とし、主語と述語動詞句との結び付きの過程で、文法的文は発話される」(織田2007: 176)と述べ、英語の文構造における主語の重要性を指摘している。そして英語の主語が簡単に省略されないことについて、次のように述べている。

Subjectに必須の基本条件は、とにもかくにも文の起点として文の初めに明示されること、すなわち語彙的表現の不必要な場合でも、人称・数・性といった基本情報を担う構文標識として表示されることにある。(織田2007: 176)

織田は、英語の文構造における主語の重要性に加え、述語動詞の定性の重要性にも言及し、定形動詞の存在が英語の文法的な文の条件であると述べている。
こうした英語の特徴に対して、〈コト〉指向的な日本語は述語に重点が置かれる(楳垣1975: 70-71; 中島1987: 5)。水谷(1985)が「立場指向型」という日本語は、発話の場面や脈絡に依存するところが大きい(中島1987: 9)。「何物かについて、何事かを述べるとすれば、文は当然主部と述部とから構成される。ここまでは英語も日本語も変わりはない」(楳垣1975: 70)と言われ、「日本語母語話者にとって、〈主部項目において、或る事象が現出する〉というあり方で事態を捉えることが最も普通の事態認知様式である」(竹林2008: 141)ともいわれる。下川(2009)や庵(2012)が述べるように確かに日本語には動詞との呼応関係を通して文法的な支配力を持つ主語は存在しないが、「何かについて、何かを述べる」というひな形における「何かについて」に相当する主語のようなものは存在する。しかし、「物事を論理的・分析的に把握せず、包括的・感性的に把握すること」(松井1979: 20)が日本語の発想法の特色であり、日本語にとって主語は「場面構成の一点景をなしているに過ぎない。現われてもよし、現われなくてもよしというような」(楳垣1975: 73)ものなのである。時枝(1950)は「国語に於いては、主語は述語に対立するものではなくて、述語の中から抽出されたものであるといふことである」(時枝1950: 226)と述べており、日本語おいて主語とは、表す必要がないときに省略されるものではなく、表す必要があるときに現れるものと考えることができる。これは主語だけでなく、文の他の要素にもいえることである。大出(1965)は日本語の文の特徴を次のようにまとめている。

  1. 日本語の文は、まず述語格の詞から成る。
  2. 述語を分析すれば、それを修飾する修飾語格が出てくる。
  3. 修飾語格のうちには、いろいろの形・役割のものがとり出されるが、そのいずれも述語に対して対等の関係にある。(大出1965: 99-100)

「述語を分析すれば」というのは、分析することもあれば分析しないこともあるということである。日本語は脈絡に依存する傾向の強い言語で、必要でない限り文の要素を詳細に表出しないという特徴をもっているといえる。

(続く)

参考文献

  • 平子義雄(1999)『翻訳の原理』大修館書店
  • 庵功雄(2012)『新しい日本語学入門』第2版 スリーエーネットワーク
  • 松井恵美(1979)『英作文における日本人的誤り』大修館書店
  • 水谷信子(1985)『日英比較話しことばの文法』くろしお出版
  • 中島文雄(1987)『日本語の構造−英語との対比−』岩波書店
  • 織田稔(2007)『英語表現構造の基礎』風間書房
  • 大出晁(1965)『日本語と論理』講談社
  • 下川浩(2009)『コトバの力・伝え合いの力』えむ出版企画
  • 竹林一志(2008)『日本語における文の原理』くろしお出版
  • 時枝誠記(1950)『日本文法口語篇』岩波書店
  • 楳垣実(1975)『日英比較表現論』大修館書店