持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

文型における日英語の接点

動詞の図式構成機能

田中・深谷(1998)は、動詞が事態を構成する対象に役割を割り振り、事態の図式としてとりまとめる働きのことを「図式構成機能」と呼んでいる。ここでいう「図式」とは認知言語学で言われる「命題スキーマ」に相当し、「事態を構成する対象」は命題において項として生じるものである。
この図式構成機能はFillmore(1977)の"Meanings are relativized to scenes."という考え方と関連する。ここでいうsceneとは単なる「光景」という意味だけでなく、個人の認識、記憶、経験、行為、対象も含まれる。つまりwriteという動詞によって英語の母語話者はwriteのsceneを喚起するわけである。同様に日本語の「書く」という動詞によっても日本語話者は「書く」のsceneを喚起する。具体的には「〈誰が〉〈何を〉書くのか」ということである。このsceneが田中・深谷の言う「事態」である。

図式構成機能と言語転移

こうしたsceneを喚起させる経験基盤は母語であれば当然働くものである。問題は、外国語である英語の語彙知識の習得に際して経験基盤が働くのかという点である。Jiang(2000)はL2の語彙習得ではすでに定着しているL1の語彙の持つ概念・意味の知識が活用されると言う。
もちろんこれには、L1の意味に引きずられてしまい、L2の語彙の持つ本来の意味が習得しにくくなるという負の側面もある。しかし教室で新出単語を教わったり、学習者自らが英和辞典を引くことで語彙を習得していく場合、その過程のなかでL1すなわち日本語の語彙の意味・概念が介在するのはやむを得ない。Jiangは新出単語を定義によって学ぶ場合も同様の傾向があると指摘しており、英英辞典を用いても日本語に経験基盤に依存するのは避けられないようである。第二言語のデータを処理するために、そのデータを第一言語の概念・意味体系に結びつけるプロセスを田中・阿部(1989)は「言語間の写像」(interlingual mapping)と呼び、この写像を可能にするには学習者は言語間の対応物を探すというストラテジーを用いることを想定している。この場合、言語間での対応物が見つけやすい場合は言語転移が作用しやすいということになる。以上のことから、文型という統語知識の学習に際しては、語彙習得の際に必然的に関与する日本語の経験基盤を活用することが効果的であるという見通しが得られる。
もし英語の動詞とそれに対応する日本語の動詞とのあいだに意味のズレがなければ、学習者は英語の動詞を学ぶ際に対応する日本語動詞の図式構成機能によって動詞型を予測することが可能になる。問題は日本語と英語で表現の仕方にズレが生じる場合である。こうした問題を解決する方法として「意識化」(consciousness raising)がある。意識化のもっとも単純な方法は、言語知識を明示的に説明し、それを練習問題などによって確認させる方法である。これよりも手の込んだ方法としてはFocus on Formと呼ばれる、言語活動の中で言語形式に気づかせるものがある。ただし、言語形式だけでなく、意味をも含めて使い分けなどを身につけていくには、「なぜそうなのか?」という原理的な問いを行い、「なるほど、そうなのか」という納得を得ること(awareness-raising)が有効で、ここは明示的学習が有効と言えよう(田中・佐藤・阿部2006)。

参考文献

  • Fillmore, C. (1977) "Topics in Lexical Semantics," In R. Cole ed. Current Issues in Linguistic Theory. Bloomington: Indiana University Press.
  • Jiang, Nan (2000) "Lexical Representation and Development in a Second Language." Applied Linguistics, 21(1) pp. 47-77.
  • 田中茂範・阿部一(1989)「外国語学習における言語転移の問題(3)」『英語教育』37(11) pp.78-81.
  • 田中茂範・深谷昌弘(1998)『〈意味づけ論〉の展開』紀伊國屋書店
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店.

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