持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

コア理論についての考察(その3)

分節化と語彙力

前回、「認知言語学による『使える文法』」については特に貢献しているとは言えないと述べた。しかし、これは認知言語学だから話し手に密着した文法になるわけではないということである。実は、認知言語学には「使える文法」につながる知見があるのだ。コア理論である。田中(2008)は「言語は人々の世界のとらえ方を反映している」ということを前提にしているが、田中・川出(1989)では「単語は世界の切り取りの産物」という言い方をしている。そしてこの切り取り方が、文化によって異なることがあるということを指摘している。多義語の場合、対応する日本語訳をいくつか覚えてもその語を使いこなすことができないことが多い。こうした問題を解決し、学習者が多義語を使い切ることを目指して考え出されたのがコア理論なのである。

コア理論の経緯

コア理論は田中(1990)に至る、基本動詞の研究に端を発している。この時期の研究の一部は阿部他(1995)などで見ることができる。ここで阿部らは、単語の持つ意味の可能域(meaning potential)と単語間の関係を、学習者が頭の中でどのように形成されていくかということに関心を寄せている。こうしたことから、田中(1990)でも、コア・プロトタイプ・ネットワークという3つの概念を理論的な支柱としている。
英語教育という観点から動詞の意味論に関心が向いた場合、句動詞の学習にも関心が及ぶのが普通である。このため、基本動詞に次いで研究の対象となったのが前置詞であった(田中1997)。ここでは日本語の助詞と英語の前置詞との比較から議論を出発させており、基本動詞と同様に訳語を覚えても学習者が使い切ることができないという状況に対する解決策としての側面を持っている。
この間の理論面の進展としてコア・プロトタイプ・ネットワーク理論から、コア優位の立場を取るようになったことが挙げられる。田中(1997)ではLakoffのように1つの語に複数のイメージ図式(image schema)を用いる意味記述を批判し、前置詞のような語は単一の図式で記述可能であるという「コア図式論」を提案している。つまり、ネットワーク理論はコア理論があってはじめて成り立つというのである。
しかし、コア理論による研究の過程が明らかになっているのは、動詞と前置詞のみである。他の品詞における有効性については、学習書として刊行されている形容詞も含めて未知数である。この未知数というのは理論としての妥当性と、教育/学習用の有効性の両面から見てのことである。接続詞や前置詞などとして用いられるasについては河原(2008)の研究があるが、コアからの語義・用法の拡張はコア図式論とは異なるプロセスを経ると指摘しており、そのプロセスも純粋な認知意味論的なものでなく、多元的である。教育/学習上の有効性についてはすでに動詞に関してこのブログでも扱っている。

参考文献

  • 阿部一・清水由理子・霜崎實・長嶋善郎・町田喜義・松井敬(1995)『英語教育における語彙習得:発話動詞の分析』南雲堂.
  • 河原清志(2008)『言葉の意味の多次元性:"as"の事例研究』立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科修士論文
  • 田中茂範(1990)『認知意味論:英語動詞の多義の構造』三友社出版.
  • 田中茂範(1997)「空間表現の意味・機能」田中茂範・松本曜『空間と移動の表現』研究社出版
  • 田中茂範(2008)『文法がわかれば英語はわかる』日本放送出版協会
  • 田中茂範・川出才紀(1989)『動詞がわかれば英語がわかる』ジャパンタイムズ

英語教育における語彙習得―発話動詞の分析

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空間と移動の表現 日英語比較選書(6)

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動詞がわかれば英語がわかる―基本動詞の意味の世界

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