コアの扱い方③
ここでの議論は以前のエントリと関連しています*1。
プロトタイプ
言語分析からコアを記述する場合、おおよそ次のような手順を経る。ある単語に100の用例があるとすると、その語義の共通性に着目して20くらいのグループにまとめられる。さらにそのグループ相互の共通性に着目して、より少ないグループにまとめていく。そして最終的に得られたひとつの統一原理がコアということになる。英和辞典で言えば、個々の訳語を辞書の語義としてまとめ、比較的近い語義をグループ化し、語義グループ同士の共通性に着目して抽出したものがコアとなる*2。このとき、コアの記述の過程で得られる語義の束は「クラスター」と呼ばれる*3。クラスターはある程度の一般化を経た意味である。
クラスターのうち、頻度が高く一般的なものを「プロトタイプ」という。基本動詞の場合、コアは理論上1つであるが、プロトタイプは複数であることが多い。また、文脈を完全に捨象したコアと違い、プロトタイプは頻度が高く一般的な用法や連語関係をも含んだ概念である。このため、例えば英語のcallであれば「呼ぶ」と「電話する」のように、具体的な日本語の動詞に対応づけられることが多い。日本語の動詞に対応づけやすいということは、学習者がすでに持つ日本語の知識を有効に活用しながら英語を身につけていくには、動詞のプロトタイプに着目していくとよいということが容易に予想できる。
「動詞が情報を要求する」という発想
「動詞が情報を要求する」ということは、学校文法的な言い方をすると「動詞が文型を決定する」と言い換えられる。田中(1993)はこれを、動詞の意味が「情報の完結感」を支配している、という言い方をしている。John gave Mary.と言えば不完全な印象を受けるが、John liked Mary.にはそうした印象はない。この違いを生むのが動詞の意味の差なのである。動詞の持つ、情報の完結感を支配する機能を田中・深谷(1998)は「図式構成機能」(schema-forming function)と呼んでいる。
動詞の図式構成機能によって、我々は動詞が表す事態を予測することができる。田中らによれば、こうした予測ができるのは、個々の動詞を使用していくにつれて、個々の動詞がどのような事態を表すのかについての、典型的な図式を意味知識として身につけるからだと指摘する。このことを、日本人の英語学習者の立場に即して考えるならば、すでに身につけている日本語の動詞の図式構成機能を活かして英語の動詞を学んでいくことで、従来の文型学習よりも効率化が図れるのではないか、という見通しが立つのである。
日本語の知識から英語の語彙や文法を学ぶことについて
これまで、コア理論を積極的に利用した英語の指導というと、絵などの視覚的効果に訴えて、できる限り日本語を介在させずに行おうとするものが多かった(e.g.及川1994)。この方法は意欲的な教師が中学校で実践するには確かに有効である。しかし、田中・佐藤・阿部(2006)で扱われているチャンキング・メソッドを合わせて実践していく場合は、日本語の知識をうまく生かしていく方が、特に読解指導においては望ましいのではなかろうか。また、塾や予備校のようで講義形式の授業が余儀なくされ、かつ、試験対策のような限られた期間の中で英語の力を付けることが求められる場合も、日本語の知識から英語の知識に導いていく方が効率的である。
参考文献
- 及川暁夫(1994)「認知意味論から見た英文法(9)文型をどう捉えるか」『現代英語教育』31(9) pp.39-41.
- 田中茂範(1990)『認知意味論:英語動詞の多義の構造』三友社出版.
- 田中茂範(1993)『発想の英文法』アルク.
- 田中茂範・深谷昌弘(1998)『〈意味づけ論〉の展開』紀伊國屋書店.
- 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンクの活用法』大修館書店.
- 鶴田知佳子・河原清志(2005)『同時通訳の最前線から学ぶここまで使える超基本単語50』コスモピア.
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*1:http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20060712を参照。
*2:ただし、一般の辞書を眺めていても、本当の意味でのコアは得られない。辞書の記述自体が現実の言語使用を適切に反映していない場合があるからである。またコアを示している辞書もごく少数である。
*3:鶴田・河原(2005:14)には文脈依存の意味からコアに至る関係が円錐で分かりやすく説明されている。