持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

コアの扱い方②

言語転移とコア

国語学習における語彙の習得で制約となるものが2つある(Jiang 2000)。1つは外国語のインプットの絶対量が不足しがちであることであり、もう1つは母語の概念・意味体系がすでにできあがっていることである。このため、学習者が外国語の語彙を習得する場合は、発音や綴りなどの語形を習得する段階、語義を対応しそうな母語の語の意味と結びつける段階、母語の影響から切り離されてその語の本来の語義を習得する段階の、3段階を経るとJiangは指摘する。田中・阿部(1989)も、学習者が新たに学習するデータを処理する際に、そのデータを母語の認知構造と結びつけるプロセスを経ることを指摘している。このように学習者が語彙習得の際に母語の知識を結びつけてしまうと、多義語の学習が困難になることが予想される。田中らが「コア」という概念を語彙学習に持ち込んだのは、こうした制約を乗り越えるためであった。
学習者にとって必然と言える言語転移に対処するには、あらかじめコアを提示してJiangの言う3段階を思い切ってショートカットさせる方法と、この3段階に沿いつつも、確実にコアの習得を実現させていく方法の2つが考えられる。前者の方法論の一部はすでに触れている*1。そこで、ここでは後者の方法論について検討していく。具体的には英語の基本動詞の用法のうちで頻度の高いものを、日本語と結びつけながら理解し、その動詞のさまざまな用法に触れていくにつれて徐々にコアに導いていく、というものである。

コアと命題構造

英語の動詞を学習対象として記述していく場合、文型の扱い方を考慮する必要がある。しかし、田中(1990)は動詞のコア分析にあたって、命題構造XとYの2つの変数しか認めないという立場に立っている。この分析が直観的に受け入れがたいことは田中自身も認めており、XやYの値として名詞句のみならず、小節(small clause)を含む節をも取り得ると考えることでこの問題を切り抜けている。これは一般化したコアを取り出すことを優先させ、そのコアが文型(または構文)という文脈の調整によって文脈依存意味が確定する戦略をとったためである。
こうしたコアの分析の背後には、学習文法における統語論と意味論の関係という大きな問題が潜んでいる。田中(1990)はYの値として「小さな節」を取り得るという説明をするが、この「小さな節」は生成文法でいう「小節」よりも広い意味で用いられている。確かに、生成文法の知見を利用すると、次のような3つの文を統一的に扱うことができる(外池2003)。

  1. They believed [that someone was unaware of the danger].
  2. They believed [someone to be unaware of the danger].
  3. They believed [someone unaware of the danger].

この3つの文のうち、3.の補文が小節である。従来の学校文法的な言い方をすれば、「be動詞を補うことで説明できる構文」である。しかし、田中の「小さな節」はこれよりも広く、「haveを補うことで説明できる構文」をも含めている。

  • John gave [Mary HAVE a kiss].

文法を、Celce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)の言うような、FORM(形態統語論)、MEANING(意味論)、USE(語用論)の3つの側面から考えていく場合、ここでもやはり意味的側面だけでなく、統語的側面にも配慮する必要がある。すなわち、コアを用いることによってもたらされる意味論的な分かりやすさと、統語論的分かりやすさを両立される記述を考えていかなければならないということである。

参考文献

  • Celce-Murcia, M. and Larsen-Freeman, D. (1999) The Grammar Book An ESL/EFL Teacher's Course. 2nd ed. Boston: heinle & Heinle.
  • Jiang, N. (2000) "Lexical Representation and Development in a Second Language." Applied Linguistics. 21(1) pp.47-88.
  • 田中茂範(1990)『認知意味論:英語動詞の多義の構造』三友社出版.
  • 田中茂範・阿部一(1989)「外国語学習における言語転移の問題(3)」『英語教育』37(11) pp.78-81.
  • 外池滋生(2003)「英文解釈と生成文法」『英語青年』149(4) pp.17-19.

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