持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

コアの扱い方①

コアとは何か

コアとは、「理屈上、文脈に依存しない(英語でいえば、"context-free"あるいは"context independent"である)意味」のことである(田中1990:21)。文脈に依存しないということは、実際の言語使用の中で見たり聞いたりすることはできないということである。コアは文脈の調整(context modulation)を経て、文脈に依存した(context-sensitive)意味を得る。言語記述の観点から言えば、コアは用例分析から引き出される理論値ということになる。
コアの記述は、論理的妥当性(logical validity)と心理的妥当性(sychological validity)という2つの妥当性を考慮する必要がある(田中・佐藤・阿部2006)。論理的妥当性とは、そのコアが論理的に整合性を持った説明が可能であるということである。これに対して、心理的妥当性とは心理的実在性(psychological reality)と心理的信頼性(psychological plausibility)とがある*1。前者は母語話者の直観との整合性であり、後者は学習者などが説明されたときに納得がいく状態である。

コアのteachability

語の意味から文脈の影響を捨象した理論値であるコアを、教室で教えることは可能なのであろうか。結論から言えば、難しい場合が多いと言わざるを得ない。コアの考え方が外国語教育/学習上でもっとも有効なのは基本動詞や前置詞を扱う場合である。このような言語知識を学習する時期を考えた場合、日本人の英語学習で言えば、10代前半であることが多い。この年齢では母語である日本語の知識がある程度身についてはいるものの、あまり抽象的な概念を操作できる段階ではないと言える。こうした状況では日本語からの転移に対処するためにコアを明示的に導入しようとしても、コアの抽象的な説明が理解できない可能性が高い。
これを解決する方法の1つに、コアを言葉ではなく絵で説明する方法がある。この方法には教師が一方的に絵を見せるやり方のほかに、生徒にまず絵を書かせてから、教師が「正しいコア」を示していくやり方もある。このようなやり方は、特に中学生を対象とした場合には有効である。ただしこの方法は、どちらかというと、基本動詞よりも前置詞向けであると言える。コア自体が抽象的であるということは、それを描いた絵もまた、ある程度の抽象性を持つものである。したがって、基本動詞の場合は絵自体が難しく感じられる場合が多いのである。
田中・河原・佐藤(2006)などのように、一度具体的な用例と具体的な絵を示してから、抽象度を上げたコアの説明を行う方法もある。しかし、ここでも言葉によるコアの説明と併用する方法がとられており、「コアを教える」ということが以下に困難な作業であるかが伺える。しかし、だからといってコア理論を放棄し、従来のような語義をしらみつぶしに暗記するような学習に戻してしまっては意味がない。我々はコアを一気に教え込むのではなく、できるだけ早い段階でコアを感じ取らせるという姿勢で語彙や文法の指導を行っていく必要がある*2

参考文献

  • 田中茂範(1990)『認知意味論:英語動詞の多義の構造』三友社出版.
  • 田中茂範・河原清志・佐藤芳明(2006)『絵で英単語動詞編』ワニブックス
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンクの活用法』大修館書店.

絵で英単語 動詞編

絵で英単語 動詞編

英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

*1:田中らはplausibilityを「尤もらしさ」と訳しているが、この日本語は「嘘っぽさ」が裏に潜んでいることを含意する。英語のplausibilityとは「必ずしも厳密で完璧なものではないにせよ、当面は信頼しても良さそうな状態」であると考え、ここでは「信頼性」という訳語を当てた。

*2:このあたりの具体的提案は追って展開していきます。