持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

直読直解の単位

直読直解とは何か

「直読直解」という用語には2つの意味がある。1つは英文を語順通りに読んで理解することで、漢文訓読的な返り読みと対立する概念である(寺島2002)。もう1つは、外国語で書かれた文を母語を介さずに理解する、つまり英語を英語で理解することを指す概念である(高梨・卯城2000)。ここでは、前者の意味での直読直解を扱い、その単位について考える。

直読直解の3つの単位

文字言語である文章を語順の即して理解していく際に、読み手は次のような3つの単位で処理していると考えられる。

  1. 知覚入力単位(perceptual units)
  2. 情報処理単位(processing units)
  3. 訳出単位(translating units)

知覚入力単位というのは目で見る単位のことである。門田・野呂(2001)によれば、英語母語話者が英文を読む際に眼球の停留点から次の停留点までの距離(eye span)は平均1.12〜1.2語であるという。このことは、まず読み手が英文を読む際に読み手の目は1つ1つの単語を捉えているということを意味していると考えて差し支えないだろう。しかし門田・野呂は知覚入力単位がそのまま情報処理単位を構成するのではなく、視覚情報を短期間蓄積した後にワーキングメモリ内で纏め上げて情報処理単位を形成すると指摘している。
情報処理単位とは実際に文を理解する単位である。この単位は統語知識、意味概念、音韻知識などに基づくと考えられている。田中・佐藤・阿部(2006)では発話や文章理解の単位を「チャンク」として扱っているが、このチャンクという概念は音韻・統語的な単位(表現チャンク)であると同時に意味的な単位(意味チャンク)であるという。別の言い方をすればチャンクは記号性を有し、表現チャンクを捉えることによって意味チャンクを確保するという記号作用の単位であるということができよう。
訳出単位とは読んで字のごとく、訳出のための単位である。これは同時通訳者が日本語に訳しやすいようにスラッシュを入れて単位化したものであり、情報処理単位よりも大きくなるのが普通である。というのも、ここでの「訳出」とは人に伝えるための日本語を生成することであるから、細かな単位ごとに訳出していたのでは、通常の日本語の語順から大きくかけ離れてしまうためである。もっとも田中・佐藤・阿部(2006)が提案するように、通翻訳訓練のためではなく、英語の情報展開の仕方に慣れるという目的であれば、情報処理単位で訳出単位を構成するのもpedagogicalな考えであるといえる。

情報処理単位の明示的指導のために

情報処理単位を明示的な言語知識として教えていくうえで、問題なのは統語単位、意味単位、音韻単位が一致するものかどうかである。田中らは、句と節はチャンクになり、慣用化された表現もチャンクになると規定している。さらに息継ぎによるチャンクの境界という考え方も取り込んでいる。しかし、明示的な文法学習や従来の英文解釈学習に慣れた学習者から見れば、この扱い方に戸惑いを感じてしまうのも事実である*1
情報処理単位を明示的な言語知識として扱うことは、文法を文法として教えるのではなく、読解文法という、使うことを前提とした形で教えることである。が、明示的な知識はどうしても静的なものになるがちであり、また静的な形で導入した方が学習者にとってもなじみやすい。静的な形で導入するには、言語知識を形式的な側面から導入することが妥当である。そのために有益な知見を提供してくれる理論的枠組みの一つに中右(1994)で提唱されている階層意味論がある。意味構造、統合構造、韻律構造の関係を体系的に捉えているからである。

参考文献

  • 門田修平・野呂忠司(2001)『英語リーディングの認知メカニズム』くろしお出版
  • 中右実(1994)『認知意味論の原理』大修館書店.
  • 高梨庸雄・卯城祐司(2000)『英語リーディング事典』研究社出版
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導法:コアとチャンクの活用法』大修館書店.
  • 田中武(2002)「同時通訳者の英語速読術"Slash ReadingとSight Translation"」『通訳翻訳ジャーナル』13(2) pp.90-91.
  • 寺島美紀子(2002)『英語「直読直解」への挑戦』あすなろ社.

英語リーディングの認知メカニズム

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認知意味論の原理

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英語リーディング事典

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英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

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英語直読直解への挑戦 (英語への挑戦シリーズ)

英語直読直解への挑戦 (英語への挑戦シリーズ)

*1:この枠組みで書かれた『チャンク英文法―文ではなくてチャンクで話せ!もっと自由に英語が使える』(田中茂範・佐藤芳明・河原清志著、コスモピア)は優れた学習書であるが、スラッシュの入れ方がよく分からないなど、取っつきにくさを感じている人が多いのも事実である。既存の学校文法や英文解釈の枠組みと、こうした新しい試みをつなぐアプローチが今、求められているのである。