持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その19)

天候や時を表す文

天候や時を表す文は、文型で言えば、多くの場合、S+VかS+V+Cになる。しかしだからといって、取り立てて扱わなくてよいということにはならない。まず、itに対応する日本語が多くの生徒にとって明確ではない。生徒の中には「this=これ、that=あれ、it=それ」という対応関係で覚えている人もいる。この対応関係は正しいものではないし、また、これでは英語のitの多様な用法を捉えることができない。このため、英語のitを正しく理解するためには、this/theseやthat/thoseの用法と比べながら、そして日本語の「こそあ」の体系と比較しながら学んでいく必要がある。

日本語では、話し手の領域に属するものを「これ」、聞き手の領域に属するものを「それ」、話し手・聞き手の領域外のものを「あれ」とそれぞれ表す*1。日本語の「これ」「それ」「あれ」にはすべて現場指示、すなわち「指さし用法」がある。日本語の「これ」「それ」「あれ」には文脈指示の用法もあり、この場合「これ」と「あれ」は話し手から見た「近さ」「遠さ」がやはり反映され、「これ」は直前の話題やこれから取り上げることを、「あれ」は場面から離れた記憶の中の物事を指すことが多い。これに対して「それ」は、それまでに話題に出てきた物事を中立的に指示する*2

英語の場合、当面はitに現場指示の用法がないと考えることが教育文法においては重要であると考えられる*3

itは、thisやthatとは本質的に異なった代名詞と考えた方がいいでしょう。つまり、thisとthatは少なくとも「遠近感」がその使い分けのポイントとなりますが、itには遠近感はまったくないということです。ただ何か(具体的なもの、抽象的なもの、あるいは心理的なもの)を指す符号のようなものと考えると、わかりやすいと思います。*4

(thatとitの)両者の相違のポイントは、thatが対象を指す指示詞であるのに対して、itは状況的に共有される名詞情報の代わりをはたす代名詞であるという点にある。thatは心理的に離れた対象を指すはたらきがあり、本来の意味での指示詞である。thisが心理的に近くの対象を指すのと、ちょうど対をなす。一方、itは直接的に何かを指すのではなく、あくまでも状況的に共有される言及対象が問題となる。*5

この違いを、例文を挙げながら生徒に理解してもらった上で、天候や時を表す文を導入していく。なお、このときの提示の仕方については、ここで触れた知見に加えて、『たのしい英文法』の記述も参考にしている。(続く)

日本語表現・文型事典

日本語表現・文型事典

レキシカル・グラマーへの招待―新しい教育英文法の可能性 (開拓社言語・文化選書)

レキシカル・グラマーへの招待―新しい教育英文法の可能性 (開拓社言語・文化選書)

*1:山口佳也「指示表現」小池清治・小林賢次・細川英雄・山口佳也(編著)(2002)『日本語表現・文型事典』朝倉書店

*2:山口前掲書

*3:現場指示の用法を認める研究者もいる。

*4:阿部一(1998)『ダイナミック英文法』研究社出版, p. 149.

*5:佐藤芳明・田中茂範(2009)『レキシカル・グラマーへの招待』開拓社, p. 126.

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その18)

There is/are . . . で始まる文

このクラスではすでに日本語の「は」の働きを導入済みである。S+V+O+Cも導入済みである。この2項目を生徒が理解していることが、There is/are . . .を導入する前提であると考える。まず、次の2つの日本語の文の違いを生徒に考えてもらう。

  1. 「(はじめて話題にのぼる)辞書机の上にある」
  2. 「(すでに話題にのぼっている)辞書机の上にある」

1.は「何がどこにあるか」という文全体が表す情報を相手に伝える文である。これに対して、2.は「~は」は主題を表す。主題は相手もすでに知っている人・物・事を表す。このため、この文は主題で表した人・物・事がどこにあるのかを伝える文になっている*1。日本語ではこの2つの文は「は」と「が」の違いを除けば同じ構造に見える。しかし、日本語の文が「主題+述語」で成り立っていると考えた場合、表面的には同じに見えても実はちがった仕組みをしていることがわかる*2

主題  ][述語 辞書机の上にある]
→[主題 辞書][述語 _机の上にある]

では英語ではどうであろうか。上に挙げた日本語に対応する英語は次のようになる。

  1. There is a dictionary on the desk.
  2. The dictionary is on the desk.

英語では冠詞の交替が見られることに加え、見た目にも別の構造の文が用いられている。A dictionary is on the desk.では文全体が新情報になるためぎこちなく感じられるという指摘もある*3。ただし、目の前に存在する物を描写する場合は、文頭に不定名詞句が現れる文も問題なく用いることができる*4。このように、この英語の特殊な文型の存在を生徒に納得してもらうには、日本語の「は」について理解してもらう必要があった。

英語のこのthere構文は、倒置によるものであろうか。このthereには「そこ」という場所を指示する本来の意味はない。このthereはダミーに過ぎない。モノの存在を導入する役割だけを担っていると言える。

Sentence with there introduce an entity into the domain under discussion, the universe of discourse. Because such sentences assert or bring to the foreground the existence of certain entities they are often labelled existential sentences. *5

また、A dictionary is on the desk.のような文は、目の前に存在する物を描写する場合にしか用いることができない。そこで、There構文のbeの後に小節が生じているという分析*6を援用するのが教育文法としても適切ではないかという見通しが得られる。小節は従来の学校文法でいうところの、O+Cの意味上の主語と述語の関係に対応する。この関係を理解させるには、この構文を扱う前にS+V+O+Cに習熟している必要がある。

ここまでの解説をしたうえで、日本語の「ある」「いる」の存在文から英語の文頭名詞句+BE…の文、There構文、HAVEを用いた文の3種の文を使い分ける練習問題を課している。

ライティングのための英文法ハンドブック

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日本語の分析―生成文法の方法

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A Comprehensive Grammar of the English Language

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例解 現代英文法事典

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English Grammar: A Generative Perspective (Blackwell Textbooks in Linguistics)

English Grammar: A Generative Perspective (Blackwell Textbooks in Linguistics)

現代英文法講義

現代英文法講義

*1:富岡龍明・堀正広・田久保千之(2008)『ライティングのための英文法ハンドブック』研究社, p. 24.

*2:柴谷方良(1978)『日本語の分析』大修館書店, p. 201-203.

*3:Quirk, R. et al.(1985) A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, p. 1402.

*4:安井稔(編)(1987)『例解現代英文法事典』大修館書店, p. 500.

*5:Haegeman, L. and Guéron, J. (1999) English Grammar: A Generative Perspective. Oxford: Blackwell, p. 121.

*6:安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』開拓社, p. 762.

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その17)

S+V+O+C

この文型は難しい。次の指摘も参照されたい。

第5文型はもっとも理解しにくい構文である。単純な形の文でも、目的語の次に来る補語が名詞であったり、形容詞であったりするからである。そこで、目的語の次に来る補語と目的語との関係を理解させることが大切である。*1
第5文型を導入する場合、第4文型との対比で理解させたい。この文型をとる典型的な動詞はcall, name, make, choose, keep, leaveなどであろう。*2
一般には、目的語の次に来る語が目的語を説明していれば補語で、そうでなければ(二重)目的語である、という説明でよい。補語に不定詞が来る場合は軽く触れておく程度にとどめてもよい。この型は後の段階、すなわち不定詞の項目や知覚動詞の項目でも触れざるをえないので、この段階では、個々の生徒の能力によって教える配慮が必要であろう。*3

実は、『短文で覚える英単語1900』の例文でこの文型をとる動詞は、to不定詞をとるものを除けば、keepとregardのみである。そこで、『ヴィスタ英和辞典』や『英語基本語彙辞事典』を参考にcallとmakeの例文を追加している。S+V+O+OとS+V+O+Cとの対比ということで言えば、前者がOとOの間にHAVE関係が成り立つのに対して、後者はBE関係が成り立つことを示す必要がある。大学受験のための文法指導の一環として文型を扱う場合、S+V+O+Cは「花形」として大々的に扱われがちである。しかし、中学英語レベルの語順と語形をおさらいするという趣旨で文法の授業を考えた場合、この文型の扱いはそれほど大きいものではない。この段階では他の文型を通じて英語の基本的な文構造に習熟することを優先させるべきであるというのが、私の考え方である。

教師のためのロイヤル英文法

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高校入試 短文で覚える英単語1900 (シグマベスト)

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ヴィスタ英和辞典

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英語基本語彙辞事典―3000語の背景

英語基本語彙辞事典―3000語の背景

*1:綿貫陽・淀縄光洋・ピーターセン, M. (1994)『教師のためのロイヤル英文法』旺文社, p. 15.

*2:綿貫他前掲書, p. 15.

*3:綿貫他前掲書, p. 15.

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その16)

「あげる」という意味の動詞のパターン

ここからSession3に入る。まずはS+V+O+Oを扱うが、このパターンの提示も「第4文型」という用語の紹介もしていない。パターンの提示は後でおこなう。なぜか。動詞の意味によってはS+V+Oでは情報的に完結しない、もっと普通の言い方をすれば、なんとなく言い足りない、という感覚*1に陥ることを生徒に感じてほしいと考えたからである。

  1. Ray gave a present.
  2. Ray gave a present to Mary.

give自体は「(自分のところから何かを)出す」という意味がある*2。このため、1.の文は「レイはプレゼントを出した」という意味になる。これに対して2.の文では「to+名詞〈人〉」をつけることで、〈差し出す相手(もらう人)〉を示している。これでようやく「レイはプレゼントをメアリーに差し出した」という意味になる。このパターンは「差し出した」ところまでを表すもので、実際にメアリーが受け取ったかどうかは場面や文脈によって変わってくる。ここまでを提示してgiveがS+V+O+Aのパターンで使うことができる動詞であることを確認する。

次に、giveのような動詞はもう1つ、別の語順が可能であることを導入していく。

  1. Ray gave Mary. (?)
  2. Ray gave Mary a present. (○)

この1.は「レイはメアリーを差し出した」という意味になり、特殊な文脈でなければ使えない。これに対して、2.は「レイはメアリーにプレゼントをあげた」という意味になる。この2.の文の仕組みは次のように説明されることがある。

I gave him some money.ではGIVEの対象は「彼」でもなければ、「お金」でもない。むしろ、「彼がお金をHAVEする状況」こそがHAVEの対象なのである。*3

一連のいわゆる「田中本」のgiveの語義を拡張すれば確かにそうなろう。しかし、giveをS+V+O+Aのパターンで用いる時に「出す」から「与える」に意味が拡張して、この意味がプロトタイプとして実際に多く用いられていることを踏まえれば、教育文法としては抑制的な記述を試みるべきではないかと判断した。なお、haveを絡めてgiveの語義を捉えること自体は「田中本」以外にも見られる。

"give"の概念は、"to let have"です。他動詞として用いられる場合は、"give"の目的語を別のものに"have"させることになります。たとえば、"I have a book to him."と言えば、一冊の本を彼に"have"させるわけです。*4

そこで、S+V+O+Oの2つのOの間にはHAVEの関係が成り立つという説明にとどめ、S+V+O+Cに見られるような小節を用いた分析は最小限にとどめることとした。『短文で覚える英単語1900』にはこのパターンをとる動詞はgive, send, lend, causeに限られ、これらの例文と共に解説を行っている。また、toではなくforをとる動詞はbuyのみ取り上げられており、こちらは簡単な解説にとどめた。

発想の英文法―チャンクだから話せる

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レキシカル・グラマーへの招待―新しい教育英文法の可能性 (開拓社言語・文化選書)

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辞典ではわからない新 英単語使い方事典 基本動詞編 CD2枚付

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高校入試 短文で覚える英単語1900 (シグマベスト)

高校入試 短文で覚える英単語1900 (シグマベスト)

*1:田中茂範(1993)『発想の英文法』アルク, p. 66.

*2:佐藤芳明・田中茂範(2009)『レキシカル・グラマーへの招待』開拓社, pp. 35-36.

*3:佐藤・田中前掲書, p. 38.

*4:ケリー伊藤(2009)『辞典ではわからない新英単語の使い方事典:基本動詞編』三修社, p. 129

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その15)

教材構成とブログ記事の対応

  • Stage 1:中学英語の復習(語順と語形を中心に)
    • Session 1:基本文構造[その1~その7]
    • Session 2:動詞の型1[その8~](←イマココ)
    • Session 3:動詞の型2
    • Session 4:述語動詞の形(←1/24現在の授業進度)
    • Session 5:疑問文・否定文・命令文
    • Session 6:文をつなげる・埋め込む1
    • Session 7:文をつなげる・埋め込む2

練習問題について

練習問題は原則として、解説資料に載せた例文をそのまま使って作っている。解説資料の例文の大半は指定副教材である『短文で覚える英単語1900』と『コーパス口頭英作文』からとっている。ただし学習順序に沿うように、一部の例文は修飾語を除いたり述語動詞を単純形化するなど加工している。問題形式としては、多くの場合、文構造を分析する練習を行い、その後、同じ文で整序問題を解くようにしている。また、解説資料の例文の一部を語群として与えた和文英訳問題もしくは英文完成問題の形をとるものもある。『フレーズで覚える英単語1400』のフレーズを語群として与えて英文を作る問題を用意している。これらはすべて、例文を記憶に定着させるのを促進するように設計してある。丸暗記にならないように英文の構造や語の意味に生徒が気づくようにしている。前回のブログで言及したhaveの文の場合は、目的語に相当する語句を語群として提示し、「…がある」という日本語から、I have ...などのパターンを導く練習を課している。各セクションが終わった後には復習の時間を1週間与え、翌週に練習問題で扱った英文を和文英訳形式のテストをおこなって確認するようにしている。

高校入試 短文で覚える英単語1900 (シグマベスト)

高校入試 短文で覚える英単語1900 (シグマベスト)

高校入試 フレーズで覚える英単語1400 (シグマベスト)

高校入試 フレーズで覚える英単語1400 (シグマベスト)

コーパス口頭英作文 (CD BOOK)

コーパス口頭英作文 (CD BOOK)

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その14)

have:「SにOがある」

日本語の「は」の働きを確認した後に、英語の動詞haveに触れておく必要があると考えている。haveは日本語の「持っている」に対応づけられることが多いが、実際は「持っている」よりも幅広い意味を持つ語である。

haveの基本概念は"to be with"、つまり、文の主語と目的語が「同居」しているという意味です。日本人はhave=「持つ」、と考えがちですが、日本語の「持つ」は"I have a book in my hand"のような場合にたまたま「持っている」という意味になるだけで、むしろhaveは「持っている」と訳せない場合のほうが多いのです。*1

《xがyをHAVE空間に有する》というのがhaveのコアである。*2

コア理論に基づいて明示的な提示を行うのもひとつの方法である。しかし、コアとは文脈を捨象した抽象的な意味である*3。これは英語を母語としない者にはハートで感じ取れないおそれがあるものである。もともと「コア」という概念は母語からの負の転移を防ぐためのものである。そうであるならば、母語である日本語を適切に用いれば、いきなりコアを導入するよりももっと実りのある明示的語彙・文法指導ができるのではないだろうか。ここに対照言語学的な知見が求められる。

英語でI have two children.とHAVEを用いて表現するところは、日本語では「私(ニ)ハ子供ガ二人アル[イル]」とBE系統の動詞が出てくる。前者はY HAVE Xという型、後者はWITH Y BE Xという型がそれぞれもとになっている。

  • 私には子供が二人ある/いる。 WITH Y BE X
  • I have two children. Y HAVE X

Yが「私」またはI、Xが「子供」またはchildren、BEが「アル/イル」、HAVEがhave、WITHは日本語では「ニ」として実現されるが、Yが主題化されて「ハ」を伴うと日本語の文法の習慣に従い消去されることがある。*4

池上が指摘する、この「は」の出没をとらえるため、haveに触れる前に「は」の働きを確認しておく必要があった。以下に実際の教材に掲載した例文を示す。

I have two children. 私には子どもが2人いる。
This room has two windows. このへやには窓が2つある。
Our house has five rooms. 私たちの家には5部屋ある。
The table has four legs. そのテーブルには脚が4本ある。

さらに次のような生理現象を表す例も教材で取り上げている。

I have a fever. 熱がある。
I have a headache. 頭が痛い。

これについては次に挙げる指摘を参考にしている。

英語は事柄を主語の動作として表現するので、そういう主語がないときはthereやitを形式的な主語としてThere was a heavy snow hard last nightというか、または人を主語にしてWe had a heavy snow last night.のようにいう。*5
ところが日本語は事柄そのものに動詞や形容詞で表し、その事柄を成立させている要素を補語として先行させる。「昨夜、大雪が降った」のように、またI have a headacheと「頭が痛い/頭痛がする」とを比較すると、英語が主語をたて客観的に事柄を表現するのに対し、日本語は事柄に即した主観的な表現をする。英語なら客観的に三人称についてもHe has a headacheといえるが、日本語では「あの人は頭が痛い/頭痛がする」とはいえない。「頭が痛い/頭痛がする」は話し手自身の観点からいっているので、「私は」は前提されているのである。日本語の文法は談話文法的性格がつよく、話し手と聞き手に解っているもの(前提されるもの)は表出されないのが普通である。「私は頭が痛い」と特に「私は」というのは、他の人と対比したときの表現である。*6

また、主語が参加者・経験者で、目的語が出来事を表す例も教材で取り上げている。

Today we have an English class.  今日は英語の授業がある。
We had little rain this summer.  この夏は雨が少なかった。(少なくあった)
I have business in Osaka.  大阪に用がある。

これらはthere構文でも表すことができるが、意味の違いがある。

there構文では主語の存在のみに関心があるのに対して、have構文では主語が主題で、その主語が何をもっているかという意味から転じて、その主題にとって何が存在するかを表すと考えられる。*7

このようなhaveの振る舞いを確認して、日本語と英語の違い、そして英語においてS+V+Oという文型がいかに中心的な文型であるかということを生徒に再確認してもらう。このことに狙いを定めたのがここでhaveを取り上げた理由である。

プレイン・イングリッシュのすすめ (講談社現代新書)

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英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

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「する」と「なる」の言語学―言語と文化のタイポロジーへの試論 (日本語叢書)

「する」と「なる」の言語学―言語と文化のタイポロジーへの試論 (日本語叢書)

日本語の構造―英語との対比 (岩波新書)

日本語の構造―英語との対比 (岩波新書)

*1:ケリー伊藤(1994)『プレイン・イングリッシュのすすめ』講談社, p. 137.

*2:田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店, p. 86.

*3:田中茂範(1990)『認知意味論:英語動詞の多義の構造』三友社出版, p. 21.

*4:池上嘉彦(1981)『「する」と「なる」の言語学』大修館書店, pp. 70-71.

*5:中島文雄(1987)『日本語の構造-英語との対比-』岩波書店, p. 157.

*6:中島前掲書, pp. 157-158.

*7:八木克正(1996)『ネイティブの直観にせまる語法研究-現代英語への記述的アプローチ-』研究社出版, p. 283.

英語基礎:Sアカデミー「英語S」の背景(その13)

日本語の文の主題:「は」について

英文法を扱う授業で日本語の文法の話にあまりに多くの時間を割くことは現実的ではない。しかしながら、日本語を母語とする英語学習者にとって必要なことであれば、それを提示することが必要である。こうした条件にあてはまる日本語の文法項目に主題を表す「は」がある。英文法を学習する初期の段階では主語は日本語の「…は」「…が」に対応するとし、両者の違いに触れることはあまり多くない。例えば次のような記述に見られる。

日本語は、主語「~は(が)」の後に、「いつ、どこで」などを表す語句が続き、最後に「~する」という動詞が来るが、英語の文では主語・述語動詞が続いて並ぶことに改めて注目させる。*1

これは学習者が日本語母語話者であるから自ずとわかるであろうと考えられていることと、英文法を教える者が両者の違いをよく理解していないことことが多いことなどが挙げられるが、英語の授業で日本語の文法を大々的に扱うことに心理的抵抗がある教師が多いのではないかとも察する。ここで大事なことは、「は」は主題を表すが、その主題の「名詞+は」は文の主語であることもあれば、主語ではないこともあること*2を生徒に理解してもらうことである。

私が炊事をする
→私は_炊事をする。
→炊事は私が_する。

さらに、日本語では「主題+述語」で文が成立することにも生徒の意識を向けさせる必要がある。そうしないと「XはYである」のような表現をS be Cという英語表現に置き換えようとする誤りを生じさせてしまうおそれがあるからである。このことについて、国語学の文脈では古くから次のようにいわれている。

国語に於いて、主語、客語、補語の間に、明確な区別を認めることが出来ないといふ事実は、それらが、すべて述語から抽出されたものであり、述語に含まれるといふ構造的関係に於いて全く同等の位置を占めてゐるといふことからも容易に判断することが出来る。*3

これを踏まえて翻訳論の立場からは次のような記述が見られる。

(時枝を引用して)要するに、主語も目的語も連用修飾語も、すべては述語を母胎とし、述語を補充するために抽出されたものにすぎず、そしてすべてはふたたび述語によって統括される、というのである。*4

日本語はどうしても必要な場合に語句を補う仕組みになっている*5。これに対して、英語の文は英語では、なくても明らかにわかる場合に語句を省く*6。このため日本語を英語で言い換えるときには語句を補う必要な場合がある*7

ぼくは牛肉だった。 I had beef.
テレビは見る。 I watch TV.
その映画は先月見た。 I saw that movie last month.
きのうはパーティーだった。 We had a party yesterday.

教えるための英文法

教えるための英文法

日本語の分析―生成文法の方法

日本語の分析―生成文法の方法

日本文法 口語篇 (岩波全書 114)

日本文法 口語篇 (岩波全書 114)

英語の発想 (ちくま学芸文庫)

英語の発想 (ちくま学芸文庫)

基礎からよくわかる 英作文

基礎からよくわかる 英作文

*1:隈部直光(2002)『教えるための英文法』リーベル出版, p. 2

*2:柴谷方良(1978)『日本語の分析』大修館書店, p. 198; 大出晁(1965)『日本語と論理』講談社, pp. 139-140.

*3:時枝誠記(1950)『日本文法口語篇』岩波書店, p. 229.

*4:安西徹雄(1983)『英語の発想』講談社, p. 115.

*5:大出前掲書, pp. 99-100.

*6:大出前掲書, p. 101.

*7:水谷信子(1989)『基礎からよくわかる英作文』旺文社, pp. 10-11